凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる
第七話:不協和音の夜
ゼオンの腕に抱かれながら、エルサの頭脳は依然として、氷のように冷徹な警告を発し続けていた。
『無条件の愛など、この世に存在しない。対価を求めない人間ほど、最後に恐ろしい代償を要求してくるものだ』
前世の二十五年。彼女が「ただそこにいるだけでいい」と言われたことなど、ただの一度もなかった。親からは存在を無視され、学校や社会に出てからは都合の良い労働力として搾取された。大人になればなるほど、周囲の要求は狡猾になり、彼女が限界を迎えて冷たい雨の中に倒れ込んだ時、誰一人として振り返る者はいなかった。
今世のベルトラン公爵家でも同じだった。妹のステラが愛される一方で、エルサは常に完璧な「道具」であることを求められ続けた。
それなのに、この国の王太子は、そのすべての法則を力任せに否定してくる。
「……殿下、苦しいです」
エルサが感情の平板な声で告げると、ゼオンはハッとしたように腕の力を緩めた。しかし、彼女を解放することはせず、その大きな手でエルサの頬を包み込み、まっすぐに琥珀の瞳を覗き込んでくる。
「苦しいのは、俺の腕の力か? それとも、俺の言葉か」
「両方、です」
エルサは視線を逸らさなかった。大人の年齢まで孤独に耐え抜いた彼女の瞳には、ゼオンの圧倒的な熱量に対抗するような、頑なな拒絶の光が宿っている。
「私は、ただここにいるだけで愛されるような人間ではありません。そんな甘やかしを受け入れてしまえば、いつかあなたが私に飽き、あるいは私が役に立たなくなった時、私は今度こそ完全に壊れてしまう。それなら、最初から利害関係だけの『便利な道具』として扱われる方が、どれほど救われるか……あなたには分からないのです」
「エルサ……っ」
ゼオンの紺色の瞳が、激しい痛みに揺れた。
彼女が生き延びるために培ってきた「誰も信じない」という大人の生存戦略は、あまりにも強固で、そしてあまりにも哀しかった。
「分からないな」
ゼオンは低く、噛み締めるように言った。
「お前をそこまで追い詰めた前世の有象無象も、お前を捨てたあの公爵家も、俺には到底理解できんし、理解するつもりもない。だが、これだけは覚えておけ。俺はお前に飽きないし、お前が何も生み出さずとも、その存在を捨てることは絶対にない。お前が壊れるというのなら、壊れる前に俺の愛で満たしてやる」
ゼオンはそれだけ言い残すと、激しい感情を抑え込むように踵を返し、回廊を去っていった。後に残されたカイルは、手元の書類とエルサを交互に見つめ、深くため息をついた。
「……エルサ様。私は貴女の知性に敬意を表します。ですが、殿下のあの頑なさは、貴女の絶望よりもタチが悪い。我が主君は、一度欲しいと決めたものは地の果てまで追いかける、非常に諦めの悪いお方ですから」
カイルは一礼して立ち去った。
その夜、エルサの部屋に運ばれてきたのは、クロエが作った温かいスープと、マルタたちが選んだ最高級のシルクの寝衣だった。
エルサはスープを一口だけ口に含み、その温かさにまた胸を締め付けられる。
(私は、どうすればいいの……)
二十五年の孤独の殻に包まれた異邦人は、ガルディニアのあまりにも不器用で、あまりにも過保護な熱量の中で、静かに惑い始めていた。
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