凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる
第八話:すれ違う熱量(ゼオン・侍女視点)
【ゼオン視点】頑強な氷壁
執務室の机に拳を叩きつけると、重厚なマホガニーの木が不快な音を立てて軋んだ。
思い出すのは、昼間に回廊で見せたエルサの、あの凍てついた琥珀の瞳だ。
「……道具として使われる方が、息がしやすい、だと?」
ふざけるな。お前をそんな風に擦り切れるまで消費し、25歳で冷たい雨の中に放り出した前世の世界が、俺は反吐が出るほど憎い。そして、今世でもなお、その呪縛から抜け出せずに「愛される恐怖」に震えているお前を見るのが、堪らなく苦しい。
他国の夜会で泥を被せられていたお前を見た瞬間、俺の魂は確かに歓喜した。その卓越した知性でも、公爵令嬢としての肩書きでもない。ただ、世界のすべてを諦めながらも、凛として硝子細工のように美しいお前自身を、俺のこの手で抱きしめたいと本能が叫んだのだ。
お前が「対価がないと捨てられる」と怯えるなら、俺が生きている限り、その対価など必要ない証明を続けてやる。
どれほど時間がかかろうが構わない。お前のその強固な大人の理性を、俺の愛で、力ずくで融解させてやる。
【侍女(ニーナ・クロエ)視点】見守る者たちの祈り
「ーーエルサ様、お休み前のハーブティーをお持ちいたしました」
ニーナが静かに扉を開けると、エルサ様はやはり、あの窓辺の椅子に腰掛けたまま、虚空を見つめていらっしゃいました。差し出された温かいお茶を、申し訳なさそうに、けれど義務を果たすように一口だけ口に運ばれるお姿。そのお姿があまりにも痛々しくて、私は胸が締め付けられます。
「クロエ、どうしましょう……。エルサ様、お食事もほんの少ししか召し上がってくださらないの。私たちが親切にするたびに、まるで『お代を払わなければ』と怯えていらっしゃるようで……」
部屋を出た後、ニーナは廊下でボロボロと涙を溢れさせました。料理を担当したクロエも、悔しそうにエプロンの端をぎゅっと握りしめています。
「……あんなに優しくて、お美しいお方なのに。一体どれほどの地獄をくぐり抜けてきたら、あんな風に人の好意を怖がるようになってしまうのよ。でも、私たちは絶対に諦めないわ。殿下が命がけで連れてこられたお方だもの。明日も、もっと美味しいお料理を作って、エルサ様の心を絶対に温めてみせるんだから」
私たちは固く手を握り合いました。
凍てついたエルサ様の心が、殿下の熱と、私たちの誠実さでいつか溶ける日が来ることを、今はただ祈りながら。
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