恋は、長そでの途中
おいしい季節がやってきた。
特に、朝の通勤電車の車内は”それ”の宝庫だ。
憂鬱な混雑も、この時期だけはむしろ大歓迎。人が増えれば増えるほど、私のお目当ても増えるのだから。
私、水島亜矢(みずしま・あや)は、車両の角に背を預け、車内全体を見渡せる位置に立った。
郊外の住宅地の駅を経由してくる快速は、私の乗車駅からではもう座席が空いていない。
でも、立っているほうが”それ”を見るには都合がいい。むしろ座ってしまったら視界が悪くて困るくらいだ。
乗客が増え、適温だった車内にだんだんと熱気がこもってくる。
そろそろかな、とスマホを眺めていた視線をさりげなく上げ、周囲を見回す。
車内を埋めているのはスーツ姿の会社員たちだ。
衣替えには少し早い季節。
世の男性陣が身に着けるシャツは、圧倒的に長そでだった。
だから。
”腕まくり男子”に出会えるのはこの時期だけ。
ひとり、ふたり、とワイシャツのカフスのボタンを外し、袖をまくり始める。
はやる気持ちを押さえ込む。
ここで目を輝かせたら不審者だ。
退屈そうな顔を保ちながら、彼らを目尻の端に収めて観察した。
袖のまくり方ひとつでも、性格が表れるものだ。
カフスの幅に合わせて折り上げる人。無造作に丸める人。袖口から一気に肘まで押し上げる人。
人それぞれで、見飽きない。
さらに、上がった袖から見える腕がまた、たまらない。
夏の日焼けが残る腕も魅力的だけれど、男性なのに驚くほど白く滑らかな肌の人にも目を奪われる。
その手がつり革を握ると、心臓がドキリとする。腕の腱がすっと浮かび上がる一瞬。それだけで恋に落ちてしまいそうになる。
前腕には、男らしさが凝縮されていると思う。
半袖から見えている腕では、心は動かない。長袖を自ら折り返し、隠れていた腕が現れる。そういう仕草ごと、私は好きなのだ。
顔にはほとんど興味がない。
男性のカッコよさは、腕まくり姿にこそ宿ると、私は信じている。
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