恋は、長そでの途中
何人もの腕まくり男子を心の中で勝手に採点し、いくつかの駅で乗客の乗り降りを見送った、そのときだった。
ドアが開き、新たな乗客が流れ込んできた。
そのなかに見覚えのある姿を見つけて、目を見開いた。
ロンドン支店に異動していた、同期の広瀬蓮(ひろせ・れん)。
そういえば、この間、人事異動の名簿で彼の名前を見つけた。東京支店に戻ると書かれていたっけ。
でも今は、顔を見て彼だと気付いたわけじゃない。
肘のわずか下で止まった、綺麗に二度折りされたワイシャツの袖とそこから伸びるしなやかな前腕。しかも、まくり上げた袖は、左右きっちり高さがそろっていて。
そのさまに、既視感があったのだ。
まさか、広瀬君?
同じ特長の人なんかどこにでもいる。彼とは限らない。思いながら、前腕から二の腕、肩、顔……と視線をあげたら。
――まさに本人だった。
あまりに目ぢからを強くして見てしまったせいだろうか。広瀬君が私に気付き、人をかきわけながら近づいて来た。
「亜矢、久しぶり」
腕に引き寄せられる視線をなんとか彼の顔のほうに向けてから、両の口角を上げる。
「ほんと、久しぶり。四年ぶりになる? 海外駐在、お疲れ様」
「ありがとう。やっと戻ってこられたよ」
言って、広瀬君は肩をすくめた。
私たちは、並んでつり革を握った。目の前にある前腕に、視線が縫い留められる。4年前も、確かにこの腕まくり姿が好みだったな、と思い返す。でも、今はただ格好いいだけではない。自然と目を奪われるような大人の落ち着きがあった。
近い。
至近距離で腕を見たら、平静ではいられない。
私は慌てて視線を顔へ移した。
広瀬君は190センチ近くある長身で、電車の中でもひときわ目を引く。茶色の髪は軽やかで、鼻筋は高く通り、切れ長の目元には笑みが浮かんでいた。
「亜矢、全然変わらないね」
「そう?」
「うん。久しぶりに会ったのに、すぐわかった」
「まあ……前は毎日一緒に仕事してたんだし?」
軽く返した言葉に、深い意味はなかった。
「いや、それだけじゃない」
広瀬君は、人差し指で鼻先を掻いた。
「やっぱりかわいいなって思った」
「えっ」
思わず聞き返した私に、彼は何でもないことのように笑う。
「四年前もそう思ってたけど、今はもっとかな」
不意打ちだった。こんなとき、どう返すのが正解なのだろう。
仕事の受け答えならいくらでもできるのに、男性からの誉め言葉にはどうにも戸惑ってしまう。
胸の鼓動が速くなる。
(……落ち着け、落ち着け)
きっと、このドキドキは目の前にある理想的な”腕まくり”のせいだ。
ただ、それだけだ。
私は何度もそう、自分に言い聞かせた。