月水金は私の彼。火木土は親友の彼
月水金、火木土
「本気で言ってるの」
ひなたの声には、まだ戸惑いが残っていた。酔いに任せて口にした提案だ。半信半疑なのは、私も同じだった。
でも、撤回はしない。口に出した以上は。
「本気。だって、どっちかが我慢するくらいなら、いっそちゃんと分けたほうが、まだ公平でしょ」
「公平って……人を分けるとか、そんなの、できるわけ」
「できるかどうかより、こうするしかないんだよ、私たちには」
ひなたは黙り込んだ。反論できないことも、たぶん分かっていたんだろう。
恋人にする、しないの二択なら、どちらかが完全に諦めるしかない。でも、私たちにはそれができなかった。
律への想いも、5年来の親友への想いも、どちらも本物すぎて、天秤にかけられない。
だったら、天秤自体をなくしてしまえばいい。
「でも、律くんの気持ちは?私たちが勝手に決めていいことじゃないよ」
ひなたの言うことは正しい。でも、正しさだけで割り切れないから、私たちはこんな夜中にワインを空けているのだ。
「聞いてみればいいでしょ。嫌なら、そう言うだろうし」
「……律くん、優しいから、嫌でも嫌って言えないタイプじゃない」
図星だった。律は、誰かを傷つけることを、何よりも恐れている人だ。だからこそ、この提案を断れないかもしれない。分かっていて、私はそれでも、この方法にすがるしかなかった。
……
翌日、律を呼び出して、二人で話をした。
律は最初、私たちが何を言っているのか、うまく理解できていない様子だった。
「……つまり、月水金は、るりさんが」
「違う、月水金がひなた。火木土が私」
「あ、はい。すみません、逆でした」
律は額の汗を拭いながら、視線を泳がせた。
私とひなた、両方の顔を交互に見る。困惑しているのは分かる。でも、拒絶の色はどこにもなかった。
「……いいんですか、本当に。二人とも」
「よくはない。でも、これが一番マシな方法」
私が答えると、隣でひなたが小さく頷いた。二人とも、後には引けない覚悟で、ここに座っていた。
律は、しばらく黙っていた。手元のグラスを意味もなく回しながら、何かを考え込んでいる。断るかもしれない、と一瞬思った。
この状況を、まっとうな人間なら拒むはずだ。
でも。
「……分かりました。二人が決めたなら、俺は」
律の声は、思っていたより落ち着いていた。
「二人とも、大事にします」
その言葉に、ひなたの表情がぱっと明るくなった。
私は、わずかに引っかかりを覚えたけれど、それを深く考える余裕は、このときの私にはなかった。
「大事にします」という言葉が、私にも、ひなたにも、同じ重さで向けられている。
それが救いなのか、危うさなのか、このときはまだ判断がつかなかった。
ただ、一つだけ、妙に目に残ったことがある。
律は「考えさせてください」と言わなかった。驚いて、困って、汗までかいていたのに、返事だけは早かった。
私たちが差し出した、ありえないはずの提案を、拒むための間も、迷うための間も、ほとんど取らなかった。
テーブルの下で、律の指がグラスの縁をなぞっている。
表情は申し訳なさそうなのに、その指先だけが、どこか落ち着かなげで、浮き立っているように見えた。
私はその小さな違和感を、見なかったことにした。
だって、見てしまえば、このルールが救いではなく、私たち三人の弱さに都合よくはまっただけのものだと、認めなくちゃいけなくなる。
……
決め事はシンプルだった。
月曜、水曜、金曜は、ひなたの日。
火曜、木曜、土曜は、私の日。
そして、日曜だけは、誰のものでもない日。
三人で過ごしてもいいし、誰も律に会わなくてもいい。唯一、ルールの外側にある一日。
冷蔵庫に貼ったカレンダーに、ひなたがピンクと水色のマーカーで色を塗っていく。
滑稽なはずのその作業を、私たちは驚くほど真剣な顔でやっていた。
「これでいいんだよね、るり」
「……いいんじゃない、他に方法もないし」
自分たちで決めたルールなのに、色分けされていく表を見ていると、胸の奥がざわついた。律という一人の人間を、時間割で切り分けている。
比喩じゃない。実際に、そうしているのだ。私たちは。
「日曜だけは、二人でゆっくりしようね」
ひなたがマーカーのキャップを閉めながら言った。誰のものでもない日を、親友としての時間に充てる。
そう決めたことだけが、この奇妙なルールの中で、唯一まともに思える取り決めだった。
「うん。日曜だけは、絶対」
指切りでもするみたいに、私たちは顔を見合わせて頷いた。
この約束さえ守れば、きっと大丈夫。そう、根拠もなく信じていた。
……
その夜、律の部屋から帰る途中、廊下でふと足を止めた。
エレベーターを待つ間、律が独り言のように、小さくつぶやいたのを、私は聞いてしまった。
「……どっちも、手放したくないな」
振り返ると、律は慌てたように取り繕った。
「あ、いや、なんでもないです。……二人とも大事にする、って意味で」
笑ってごまかすその顔に、私はうまく相槌を打てなかった。
都合のいい話だ。頭では分かっている。なのに、警戒心はあっけなく緩んだ。
手放したくないものの中に、私も入っている——それだけのことが、嬉しかったのだ。認めたくないけれど。
エレベーターの扉が開く。乗り込みながら、私は小さく振り返った。
律は、まだ廊下に立ったまま、こちらを見ていた。困ったような、それでいてどこか満たされたような、複雑な表情で。
自分だけに向けられた顔じゃない。分かっているのに、扉が閉まるまでの数秒間、私はその笑顔から目を離せなかった。
ひなたの声には、まだ戸惑いが残っていた。酔いに任せて口にした提案だ。半信半疑なのは、私も同じだった。
でも、撤回はしない。口に出した以上は。
「本気。だって、どっちかが我慢するくらいなら、いっそちゃんと分けたほうが、まだ公平でしょ」
「公平って……人を分けるとか、そんなの、できるわけ」
「できるかどうかより、こうするしかないんだよ、私たちには」
ひなたは黙り込んだ。反論できないことも、たぶん分かっていたんだろう。
恋人にする、しないの二択なら、どちらかが完全に諦めるしかない。でも、私たちにはそれができなかった。
律への想いも、5年来の親友への想いも、どちらも本物すぎて、天秤にかけられない。
だったら、天秤自体をなくしてしまえばいい。
「でも、律くんの気持ちは?私たちが勝手に決めていいことじゃないよ」
ひなたの言うことは正しい。でも、正しさだけで割り切れないから、私たちはこんな夜中にワインを空けているのだ。
「聞いてみればいいでしょ。嫌なら、そう言うだろうし」
「……律くん、優しいから、嫌でも嫌って言えないタイプじゃない」
図星だった。律は、誰かを傷つけることを、何よりも恐れている人だ。だからこそ、この提案を断れないかもしれない。分かっていて、私はそれでも、この方法にすがるしかなかった。
……
翌日、律を呼び出して、二人で話をした。
律は最初、私たちが何を言っているのか、うまく理解できていない様子だった。
「……つまり、月水金は、るりさんが」
「違う、月水金がひなた。火木土が私」
「あ、はい。すみません、逆でした」
律は額の汗を拭いながら、視線を泳がせた。
私とひなた、両方の顔を交互に見る。困惑しているのは分かる。でも、拒絶の色はどこにもなかった。
「……いいんですか、本当に。二人とも」
「よくはない。でも、これが一番マシな方法」
私が答えると、隣でひなたが小さく頷いた。二人とも、後には引けない覚悟で、ここに座っていた。
律は、しばらく黙っていた。手元のグラスを意味もなく回しながら、何かを考え込んでいる。断るかもしれない、と一瞬思った。
この状況を、まっとうな人間なら拒むはずだ。
でも。
「……分かりました。二人が決めたなら、俺は」
律の声は、思っていたより落ち着いていた。
「二人とも、大事にします」
その言葉に、ひなたの表情がぱっと明るくなった。
私は、わずかに引っかかりを覚えたけれど、それを深く考える余裕は、このときの私にはなかった。
「大事にします」という言葉が、私にも、ひなたにも、同じ重さで向けられている。
それが救いなのか、危うさなのか、このときはまだ判断がつかなかった。
ただ、一つだけ、妙に目に残ったことがある。
律は「考えさせてください」と言わなかった。驚いて、困って、汗までかいていたのに、返事だけは早かった。
私たちが差し出した、ありえないはずの提案を、拒むための間も、迷うための間も、ほとんど取らなかった。
テーブルの下で、律の指がグラスの縁をなぞっている。
表情は申し訳なさそうなのに、その指先だけが、どこか落ち着かなげで、浮き立っているように見えた。
私はその小さな違和感を、見なかったことにした。
だって、見てしまえば、このルールが救いではなく、私たち三人の弱さに都合よくはまっただけのものだと、認めなくちゃいけなくなる。
……
決め事はシンプルだった。
月曜、水曜、金曜は、ひなたの日。
火曜、木曜、土曜は、私の日。
そして、日曜だけは、誰のものでもない日。
三人で過ごしてもいいし、誰も律に会わなくてもいい。唯一、ルールの外側にある一日。
冷蔵庫に貼ったカレンダーに、ひなたがピンクと水色のマーカーで色を塗っていく。
滑稽なはずのその作業を、私たちは驚くほど真剣な顔でやっていた。
「これでいいんだよね、るり」
「……いいんじゃない、他に方法もないし」
自分たちで決めたルールなのに、色分けされていく表を見ていると、胸の奥がざわついた。律という一人の人間を、時間割で切り分けている。
比喩じゃない。実際に、そうしているのだ。私たちは。
「日曜だけは、二人でゆっくりしようね」
ひなたがマーカーのキャップを閉めながら言った。誰のものでもない日を、親友としての時間に充てる。
そう決めたことだけが、この奇妙なルールの中で、唯一まともに思える取り決めだった。
「うん。日曜だけは、絶対」
指切りでもするみたいに、私たちは顔を見合わせて頷いた。
この約束さえ守れば、きっと大丈夫。そう、根拠もなく信じていた。
……
その夜、律の部屋から帰る途中、廊下でふと足を止めた。
エレベーターを待つ間、律が独り言のように、小さくつぶやいたのを、私は聞いてしまった。
「……どっちも、手放したくないな」
振り返ると、律は慌てたように取り繕った。
「あ、いや、なんでもないです。……二人とも大事にする、って意味で」
笑ってごまかすその顔に、私はうまく相槌を打てなかった。
都合のいい話だ。頭では分かっている。なのに、警戒心はあっけなく緩んだ。
手放したくないものの中に、私も入っている——それだけのことが、嬉しかったのだ。認めたくないけれど。
エレベーターの扉が開く。乗り込みながら、私は小さく振り返った。
律は、まだ廊下に立ったまま、こちらを見ていた。困ったような、それでいてどこか満たされたような、複雑な表情で。
自分だけに向けられた顔じゃない。分かっているのに、扉が閉まるまでの数秒間、私はその笑顔から目を離せなかった。