完璧すぎる彼氏

雨の日の出会い

第10話 「雨の日の出会い」

高校二年の秋。

朝から降り続く雨は、放課後になっても止む気配がなかった。

校舎の裏。

誰も来ない古い渡り廊下に、一人の男子生徒が座り込んでいた。

制服は雨で濡れ、手には小さな擦り傷。

俯いたまま、動こうとしない。

蒼真だった。

昼休み、クラスメイトに笑われた。

「優等生ぶってる。」

「どうせ親の金持ちだろ。」

本当は違う。

誰にも知られたくない現実がある。

帰れば叔母が待っている。

家にも学校にも、自分の居場所なんてない。

「……もう、疲れた。」

初めて口にした弱音は、雨音にかき消された。

その時だった。

「大丈夫ですか?」

優しい声が聞こえた。

顔を上げると、一人の女子生徒が立っていた。

蒼真は見覚えがない。

けれど、その笑顔だけは、不思議なくらい温かかった。

「保健室、行きませんか?」

蒼真は首を横に振る。

「平気。」

「平気な人は、そんな顔しないよ。」

その一言に、胸が苦しくなった。

誰も気づかなかった。

誰も聞いてくれなかった。

『大丈夫?』

その言葉を、ずっと待っていたのかもしれない。

女子生徒はカバンから小さなタオルを取り出した。

「はい。」

「……。」

「風邪ひいちゃうよ。」

蒼真はゆっくり受け取る。

まだ温かいタオルだった。

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

彼女はにっこり笑う。

「無理しなくてもいいんだからね。」

その笑顔を見た瞬間。

胸の奥で、凍りついていた何かが音を立てて溶け始めた。

「私、花音。」

「……蒼真。」

「また学校で会ったら、お話ししようね。」

そう言って、花音は手を振りながら雨の中を走っていった。

蒼真は、その後ろ姿をいつまでも見つめていた。

たった数分。

たった数十秒の会話。

それなのに。

彼の人生は、その日から少しずつ変わり始める。

「無理しなくてもいい。」

その言葉を胸に、蒼真は静かに立ち上がった。

――いつか、この人の隣に立てる男になろう。

それが、誰にも知らない彼の最初の約束だった。
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