アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない
【第80話】職場視点
「おい氷室、お前また総務部に用事作って営業サボろうとしてるだろ」
「サボりじゃないですよ佐藤先輩! これはですね、新婚の妻に愛のエネルギーを補給しにいくという、我が社の生産性向上に関わる極めて重要なミッションです!」
結婚して3ヶ月。
営業部のフロアでは、今日も相変わらずチャラ男全開……いや、愛妻家全開の氷室が、総務部のクリアファイルを片手に鼻歌を歌っていた。
「あのさぁ、氷室くん。神田さんを調教したつもりで、自分が完全に神田さんの底なし沼に溺れてるの、分かってる?」
新しく入った派遣の白鳥が、コーヒーをすすりながら呆れたように突っ込む。
「へへ、分かってますよ。俺はあの沼から一生上がってくるつもりないんで!」
そう言い残し、氷室はウキウキした足取りで総務部のフロアへと突撃していった。
一方、総務部のデスク。
サックスブルーの制服をぴしっと着こなした神田律は、相変わらず「鉄面皮」のアンドロイドモードでキーボードを叩いていた。
だが、フロアの自動ドアが開き、あの聞き慣れた足音が近づいてきた瞬間、彼女の背筋がわずかにビクッと跳ね上がる。
「律さーん! 営業のデータ持ってきたよ。あと、今日のランチ何食べる? 俺とお揃いのやつにする?」
周囲の目も気にせず、デレデレの笑顔で距離を詰めてくる氷室。
いつもなら。
素の彼女なら、ここで顔を真っ赤にしてフリーズするか、俯いて照れるはずだった。
だが、ここは戦場(職場)である。周りには総務部の同僚や、面白がって覗きにきている営業部の面々の視線がこれでもかと集まっている。
限界まで高まった恥ずかしさと、新婚生活で培われた「先輩への遠慮のなさ」が、ついに律さんの脳内漫才師をリアルへと完全召喚した。
「――業務時間中に職権乱用して総務部に不法侵入すなチャラ男先輩!! ほんで声がデカいんじゃボケナス! 監査ログに『旦那のアホ度上昇』って記録すんぞワレ!!」
「ぶっはははは!!」
「出たーーー! 神田さんの超高速エセ関西弁ツッコミ!」
「氷室、また怒られてやんの!」
静かだったオフィスが一瞬で大爆笑に包まれる。
律さんはハッと我に返り、「あ、いえ、今のは総務部としての定量的リスクヘッジでありまして……」と、大慌てで顔を真っ赤にしながら眼鏡のブリッジをクイッと押し上げたが、時すでに遅し。
「神田さん、もう諦めな。すっかりお笑い夫婦のノリが染み付いちゃってるから」
佐藤先輩がニヤニヤしながら書類で頭を叩く。

周りにどれだけいじられ、爆笑されても、氷室は痛くも痒くもないといった様子で、愛おしそうに律さんを見つめて底なしの笑顔を浮かべている。
周りの視線を気にして、真っ赤になって「もう……」と俯く律さん。
だけど、氷室にだけ聞こえるような小さな、だけど最高に「素」の可愛い声で、彼女は呟いた。
「……本日の、監査結果。……あなたと一緒のランチなら、何でも、最高です」
「律さん……っ!」
「あ、こら、職場で抱きつこうとするなアホ先輩ーーー! 営業行ってこい!」
職場の温かい笑い声と、最高に賑やかなボケとツッコミの応酬に包まれて。
不器用なアンドロイドと一途なチャラ男の恋のプログラムは、これからも末永く、ハッピーなエラーを吐き出しながら走り続ける。
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