アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない

番外編 嫁が可愛すぎる件について

【氷室視点】
結婚して数ヶ月。
今日も今日とて、俺の嫁が可愛い。
何が可愛いかと言うと……普通、同棲を経て結婚までしたら、いい加減お互いの存在に「慣れ」というものが出てきてもおかしくないと思うのだ。
だが、我が家の新婚生活において、その一般的な恋愛プロトコルは一切適用されていない。
「……律さん、ただいま」
「あ、せ、先輩……じゃなくて、あなた! お、おかえりなさい、です……っ!」
リビングのドアを開けると、エプロン姿の律さんがパタパタと駆け寄ってくる。
いまだに「先輩」と呼びかけては、慌てて「あなた」と言い直す。その瞬間に、彼女の耳の裏がサッとリンゴのように赤くなるのだ。
(……よし、今日も世界一可愛い。完全合格)
俺はネクタイを緩めながら、帰宅後ルーティンとして彼女の華奢な肩を引き寄せ、おでこに軽くキスをした。
「っひゃい……ッ!?」
案の定、律さんは分かりやすくビクッと身体を跳ね上げ、そのまま両手で顔を覆ってフリーズした。
指の隙間から見える瞳はウルウルと潤んでいて、完全にキャパシティオーバーの警告灯が点滅している。
「律さん、結婚して数ヶ月経つんだけど……おでこキスだけで、まだそんなに初々しい反応してくれるの?」
「だ、だって……っ。何回されても、心臓の処理能力が追いつかないんです。先輩の……いえ、あなたの顔が近くにくるだけで、ウチの、私のメインサーバーが爆発しそうに……」
恥ずかしさが限界に達したのか、律さんは俺の胸元に思いっきり頭をゴツンとぶつけるようにして突っ伏した。
そのまま、もこもこのエプロン越しに、俺の腰の後ろに小さな手を回してぎゅっと抱きつ掘り返してくる。
昔の、あの「アンドロイドの仮面」を被ってツンツンしていた監査官の面影は、家の中にはどこにもない。
脳内のエセ関西弁漫才師も、俺のデレの前には完全に形を潜め、ただただ「初めての恋」に翻弄され続けているピュアな女の子が、俺の腕の中にいる。
「……ねぇ、律さん」
「は、はい……?」
「おでこじゃ足りないから、ちゃんとしていい?」
胸元から見上げてくる律さんの顔を覗き込むと、彼女はさらに顔を真っ赤にしながらも、ゆっくりと、拒絶せずにそっと目を瞑った。
ぎゅっと握られた彼女の小さな拳が、俺のシャツの生地を千切れんばかりに掴んでいる。
チュ、と少し長めに唇を重ねると、律さんの身体からふにゃりと力が抜けて、俺の腕に完全に体重を預けてきた。
「……ん、ぅ……」
唇を離すと、律さんは完全に目がトロンと拒絶反応……ではなく、極上の甘やかしバグを起こして、俺の胸に顔を埋めたまま「もう動けません……」と小さくシステムダウンの呟きを漏らしていた。
手をつなぐのも、キスをするのも、毎日毎日、初めての時のように全力で照れて、全力で俺を愛してくれる。
俺の嫁、本当に可愛すぎやしませんかね……?
【後編】その先の、底なし沼の深淵(氷室視点)
夜、お風呂を済ませて寝室のベッドに入った時。
隣に滑り込んできた律さんは、心なしかいつも以上にソワソワと落ち着かない様子で、ベッドの端っこの方にちんまりと丸くなっていた。
「律さん、そんな端っこにいたら落ちちゃうよ。こっちおいで」
「あ、はい……。でも、その……近くに行くと、心拍数が、その、業務に支障が出るレベルで上昇してしまって……」
「もう今日の業務は全部終了でしょ。ほら」
俺は腕を伸ばして、律さんの腰をグッと引き寄せた。
毛布の中で、二人の身体がぴったりと密着する。律さんの肌から、お風呂上がりの甘い香りと、ドクドクと野生の動物みたいに速い心臓の音がダイレクトに伝わってきた。
「……っ」
律さんは息を呑み、俺の胸元に両手を添えたまま、じっと上目遣いで俺を見つめてくる。
眼鏡を外した彼女の瞳は、いつも以上に無防備で、吸い込まれそうなほど綺麗だ。
「律さん、手、繋ご?」
「……はい」
布団の中で、そっと指を絡め合う。
それだけのことで、律さんの指先が微かに震え、彼女の頬にさらに熱い赤みが差していくのが暗闇でも分かった。
「あの……先輩」
「ん?」
「私、本当に……毎日、先輩にこうして抱きしめられるたびに、嬉しくて、胸がいっぱいになって……。全然、慣れることなんて、一生できそうにないです」
律さんは、俺の胸に小さく顔を押し付けながら、消え入りそうな声で、だけど一文字一文字を噛み締めるように本音を紡いだ。
「手を繋ぐのも、キスも……『その先』のことも。全部、先輩が初めてで……。今でも、先輩の肌が触れると、頭の中が真っ白になって、自分がどうにかなっちゃいそうに、なるんです……っ」
「……っ、律さん」
暗闇の中で、俺の理性という名の防壁(ファイアウォール)が、彼女の破壊的な一言によって一瞬で消し飛ばされた。
「それ、俺を煽ってるの?」
「ち、違います……っ! 本音の、ログを出力しただけで……っん、んぅ……!」
もう、言葉での会話は必要なかった。
俺は律さんの言葉を深いキスで塞ぎ、彼女の身体を優しく、だけど二度と離さない強さで組み伏せた。
「……はぁ、先輩……っ」
肌と肌が触れ合うたびに、律さんは甘い声を漏らし、俺の首筋にきつく腕を回してくる。
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに涙目で俺を見つめながらも、決して俺から目を逸らそうとはしない。その、不器用で、一途で、圧倒的にピュアな「素」の全部で、俺の愛を受け止めようとしてくれる。
(あぁ……ダメだ、本当に。俺、この沼から一生抜け出せないわ)
結婚して数ヶ月。
慣れるどころか、日を追うごとに可愛さをアップデートしていく俺の奥さん。
俺の人生のメインサーバーは、今夜も彼女という名の最高に愛しい「甘いバグ」によって、完全に強制シャットダウンさせられるのだった。
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