アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない
番外編 名前を呼びたいライセンス
【氷室視点】
結婚して半年。新婚生活は相変わらず糖度過多で、俺のメインサーバーは毎日彼女の可愛さで焼き切れそうになっている。
だけど、ここ数日の律さんは、明らかにいつもと様子が違っていた。
「律さん、お茶淹れたよ」
「あ、は、はい! ありがとうございます、ひ、ひむ……れ……っ、ん、な、なんでもないです!」
ソファで隣に座り、マグカップを手渡した時のことだ。
律さんは俺の顔を直視した瞬間、ロボットのように動きを止め、顔を耳の裏まで真っ赤にして俯いてしまった。
最近、こういう「挙動不審なエラー」が多発している。
会社でも、俺が営業部から内線を入れると「はい、総務部神田……っ、れ、れん……らく事項でしょうか!?」と、明らかな噛み方をして受話器の向こうで盛大にフリーズしていた。
(何だろう、あの『もじもじ』した感じ……。めちゃくちゃ可愛いんだけど、何か悩んでるのかな)
お風呂上がり、ベッドの中で律さんを後ろからぎゅっと抱きしめた時もそうだった。
「律さん」
「……はい」
「最近なんか考え事してない? 俺に隠し事?」
「そ、そんなことないです! 隠し事なんて、アクセスログを改ざんするような真似、絶対にしていません……っ」
俺の胸元に顔を埋めたまま、律さんの小さな手が俺のTシャツをぎゅっと掴む。
布団の中で、彼女の心臓がトクトクと速いテンポで鳴っているのが伝わってきた。
「……ただ、その。私、先輩に……いえ、『あなた』に、もっと喜んで、ほしくて。どうすればいいか、その……脳内で、シミュレーション、してまして……」
「俺を喜ばせるシミュレーション?」
「はい……。私、先輩に『律』って名前で呼ばれるの、世界で一番、嬉しいので……。だから、きっと……」
そこまで言って、律さんは完全にキャパシティオーバーを起こしたのか、「うう、これ以上はバッファが足りません……!」と俺の胸に完全に顔を埋めて、喋らなくなってしまった。
(……あ)
その瞬間、俺の脳内で全てのピースが繋がった。
付き合っている時から、同棲を経て結婚した今まで、律さんは俺のことを「先輩」か「あなた」としか呼んでいない。
(もしかして、俺のことを名前で呼ぼうとして、緊張して自爆を繰り返してるのか……!?)
理由を察した瞬間、愛おしさが限界突破して胸が張り裂けそうになった。
「大好きな人に名前を呼ばれたら嬉しいから」という、ただそれだけのピュアな理由で、ここ数日ずっと一人で悶々と葛藤していたのだ。
(おいおいおい、健気すぎだろ俺の嫁……!)
(よし、気づかないフリして、限界まで可愛い葛藤を見守ってあげよう)
俺は腕の力を強め、愛しい愛しい不審な監査官を、これでもかと優しく抱きしめ直した。
【後編】セキュリティ解除、ファースト・ネーム(氷室視点)
決戦の日は、次の日の週末に訪れた。
リビングのソファで、俺たちは並んでテレビを見ていた。いや、見ているフリをしていた。
隣の律さんは、さっきから膝の上で何度も拳を握ったり開いたりして、明らかに「今から重大なシステムを実行します」というオーラを全身から放っている。
横目でそっと観察していると、律さんは深く、深呼吸をした。
そして、覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑り、俺のセーターの袖を両手で力いっぱい掴んできた。
「あ、あの……!」
「ん? どうしたの、律さん」
テレビから視線を戻し、彼女を正面から見つめる。
律さんはゆっくりと目を開けた。その瞳は、初めてキスをした時みたいに潤んでいて、顔は完全に真っ赤に茹で上がっている。
「……れ、ん」
「え?」
「……れ、連、くん……っっ!!」
小さな、だけど震える声で、彼女は確かに、俺のファーストネームを口にした。
「……っ、言えた……っ」
言い切った瞬間、律さんは恥ずかしさのあまり涙目になり、そのままソファの上で俺の胸に思いっきりダイブしてきた。俺の首筋に両腕をきつく回し、顔を隠すように押し付けてくる。
「っ、もう無理です! 限界です! 脳内の漫才師が『お前何キャラやねん!』って大音量でツッコミ入れてます! でも、でも……っ、一回だけでいいから、ちゃんと名前でお呼びしたくて……!」
耳元で、心臓が爆発しそうな律さんの声が響く。
名前を呼ばれた側の俺はというと――あまりの破壊力に、完全に脳の回路が焼き切れていた。
(……あかん、可愛いがすぎる。俺がキュン死にするわ)
「連くん」という、響き慣れたはずの自分の名前。それが、律さんのあの愛おしそうな、照れくさそうな声で発音されただけで、世界で一番特別な言葉に上書きされてしまった。
「……律さん」
「はい、もう二度とログ出力できません、今のなしに――」
「なしにするわけないだろ」
俺は胸の中の律さんを少しだけ引き離し、涙目で真っ赤になっている彼女の頬を両手で優しく包み込んだ。
「めちゃくちゃ嬉しかった。世界中のどんな言葉より、律さんに名前を呼ばれるのが一番嬉しい」
「……本当、ですか?」
「本当。だからさ、もう一回呼んで? 『連』って」
「うぅ……っ。せ、セキュリティが、もう、ロックされて……」
「ほら、ライセンス契約は永久でしょ? ロック解除して」
意地悪に笑いながら顔を近づけると、律さんは一瞬だけエセ関西弁で「このドSチャラ男先輩……っ!」と呟いたあと、観念したようにふにゃりと眉を下げて、最高に可愛い「素」の笑顔で微笑んだ。
「……れん、大好きです」
我が家の完璧な監査官は、今日も明日も、慣れることのないピュアな愛で、俺の名前を刻み続けてくれる。
結婚して半年。新婚生活は相変わらず糖度過多で、俺のメインサーバーは毎日彼女の可愛さで焼き切れそうになっている。
だけど、ここ数日の律さんは、明らかにいつもと様子が違っていた。
「律さん、お茶淹れたよ」
「あ、は、はい! ありがとうございます、ひ、ひむ……れ……っ、ん、な、なんでもないです!」
ソファで隣に座り、マグカップを手渡した時のことだ。
律さんは俺の顔を直視した瞬間、ロボットのように動きを止め、顔を耳の裏まで真っ赤にして俯いてしまった。
最近、こういう「挙動不審なエラー」が多発している。
会社でも、俺が営業部から内線を入れると「はい、総務部神田……っ、れ、れん……らく事項でしょうか!?」と、明らかな噛み方をして受話器の向こうで盛大にフリーズしていた。
(何だろう、あの『もじもじ』した感じ……。めちゃくちゃ可愛いんだけど、何か悩んでるのかな)
お風呂上がり、ベッドの中で律さんを後ろからぎゅっと抱きしめた時もそうだった。
「律さん」
「……はい」
「最近なんか考え事してない? 俺に隠し事?」
「そ、そんなことないです! 隠し事なんて、アクセスログを改ざんするような真似、絶対にしていません……っ」
俺の胸元に顔を埋めたまま、律さんの小さな手が俺のTシャツをぎゅっと掴む。
布団の中で、彼女の心臓がトクトクと速いテンポで鳴っているのが伝わってきた。
「……ただ、その。私、先輩に……いえ、『あなた』に、もっと喜んで、ほしくて。どうすればいいか、その……脳内で、シミュレーション、してまして……」
「俺を喜ばせるシミュレーション?」
「はい……。私、先輩に『律』って名前で呼ばれるの、世界で一番、嬉しいので……。だから、きっと……」
そこまで言って、律さんは完全にキャパシティオーバーを起こしたのか、「うう、これ以上はバッファが足りません……!」と俺の胸に完全に顔を埋めて、喋らなくなってしまった。
(……あ)
その瞬間、俺の脳内で全てのピースが繋がった。
付き合っている時から、同棲を経て結婚した今まで、律さんは俺のことを「先輩」か「あなた」としか呼んでいない。
(もしかして、俺のことを名前で呼ぼうとして、緊張して自爆を繰り返してるのか……!?)
理由を察した瞬間、愛おしさが限界突破して胸が張り裂けそうになった。
「大好きな人に名前を呼ばれたら嬉しいから」という、ただそれだけのピュアな理由で、ここ数日ずっと一人で悶々と葛藤していたのだ。
(おいおいおい、健気すぎだろ俺の嫁……!)
(よし、気づかないフリして、限界まで可愛い葛藤を見守ってあげよう)
俺は腕の力を強め、愛しい愛しい不審な監査官を、これでもかと優しく抱きしめ直した。
【後編】セキュリティ解除、ファースト・ネーム(氷室視点)
決戦の日は、次の日の週末に訪れた。
リビングのソファで、俺たちは並んでテレビを見ていた。いや、見ているフリをしていた。
隣の律さんは、さっきから膝の上で何度も拳を握ったり開いたりして、明らかに「今から重大なシステムを実行します」というオーラを全身から放っている。
横目でそっと観察していると、律さんは深く、深呼吸をした。
そして、覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑り、俺のセーターの袖を両手で力いっぱい掴んできた。
「あ、あの……!」
「ん? どうしたの、律さん」
テレビから視線を戻し、彼女を正面から見つめる。
律さんはゆっくりと目を開けた。その瞳は、初めてキスをした時みたいに潤んでいて、顔は完全に真っ赤に茹で上がっている。
「……れ、ん」
「え?」
「……れ、連、くん……っっ!!」
小さな、だけど震える声で、彼女は確かに、俺のファーストネームを口にした。
「……っ、言えた……っ」
言い切った瞬間、律さんは恥ずかしさのあまり涙目になり、そのままソファの上で俺の胸に思いっきりダイブしてきた。俺の首筋に両腕をきつく回し、顔を隠すように押し付けてくる。
「っ、もう無理です! 限界です! 脳内の漫才師が『お前何キャラやねん!』って大音量でツッコミ入れてます! でも、でも……っ、一回だけでいいから、ちゃんと名前でお呼びしたくて……!」
耳元で、心臓が爆発しそうな律さんの声が響く。
名前を呼ばれた側の俺はというと――あまりの破壊力に、完全に脳の回路が焼き切れていた。
(……あかん、可愛いがすぎる。俺がキュン死にするわ)
「連くん」という、響き慣れたはずの自分の名前。それが、律さんのあの愛おしそうな、照れくさそうな声で発音されただけで、世界で一番特別な言葉に上書きされてしまった。
「……律さん」
「はい、もう二度とログ出力できません、今のなしに――」
「なしにするわけないだろ」
俺は胸の中の律さんを少しだけ引き離し、涙目で真っ赤になっている彼女の頬を両手で優しく包み込んだ。
「めちゃくちゃ嬉しかった。世界中のどんな言葉より、律さんに名前を呼ばれるのが一番嬉しい」
「……本当、ですか?」
「本当。だからさ、もう一回呼んで? 『連』って」
「うぅ……っ。せ、セキュリティが、もう、ロックされて……」
「ほら、ライセンス契約は永久でしょ? ロック解除して」
意地悪に笑いながら顔を近づけると、律さんは一瞬だけエセ関西弁で「このドSチャラ男先輩……っ!」と呟いたあと、観念したようにふにゃりと眉を下げて、最高に可愛い「素」の笑顔で微笑んだ。
「……れん、大好きです」
我が家の完璧な監査官は、今日も明日も、慣れることのないピュアな愛で、俺の名前を刻み続けてくれる。


