溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

第36話 大きな誤解

 あきらが守兄の胸ぐらをつかみ、鬼気迫る形相で睨みつける。

 ひ、ひええ。
 血の気が一気に引いていく。

 けれど守兄は平然と、すまし顔であきらを見返していた。

「あ、あきら……ま、守兄……」

 私はオロオロと二人を見守るしかない。
 どうすればいいのかわからない。

 こんなに怒ったあきら、見たことがなかった。

「星は俺の彼女だ!」

 夜の静寂に、あきらの声が響き渡る。
 そのまっすぐな叫びが、胸に突き刺さった。

 う、嬉しい……って、こんなときに何考えてるの。
 まずはあきらを落ち着かせないと。

「あき――」

 声をかけようとした瞬間、守兄が小さくため息をついた。

「知ってるよ」

 低く、ぶっきらぼうな声。

「知ってるのに、なんでキスした!」

 あきらの怒鳴り声が響く。
 その剣幕に、私の方がたじろいだ。

 守兄はしばし黙り込み、やがて静かに口を開く。

「……だってしょうがないだろ。俺だって星が好きなんだ」

 胸ぐらをつかまれたまま、落ち着いた声で続ける。

「おまえが知らない頃から、ずっと想ってた。
 それなのに」

 言葉を噛み殺し、歯を食いしばる守兄。
 そして、堰を切ったように叫んだ。

「どこの馬の骨とも知らない奴が。
 突然現れて彼氏だ?
 ふざけるな、そんなの認められるか!」

 肩を震わせ、荒い息を吐きながら、守兄はあきらを睨みつけた。

 こんな守兄も初めて。

「言ってること、めちゃくちゃだぞ。
 どんな理由があろうと、人の彼女にキスしていいわけないだろうが!」

 さらに迫るあきら、顔が至近距離まで近づく。
 二人は互いの視線をぶつけ合い、バチバチと火花が散る。

「二人とも、落ち着いて」

 こんな往来で大の男が言い争ってたら、騒ぎになる。
 ここは私が何とかしなきゃ。

 勇気を振り絞り、二人に近づく。

「ね、もうその辺で――」

「星!」

 突然、あきらが振り向いた。
 怒りに燃えているかと思ったその瞳は、悲しみに濡れていた。

「あきら……」

 呆然と見つめると、あきらの瞳が揺れる。

「なんで、なんでっ!」

 必死に何かを堪えるように、顔を歪める。
 その表情があまりにも辛そうで、胸が痛んだ。

「なんでこんなやつと一緒にいるんだよ! なんでそんなに無防備なんだよ。
 こいつの気持ち知ってるんだろ?
 もっと毅然としてろよ……!」

 彼の悲痛な叫びが、突き刺さる。

 返す言葉が出てこない。
 悲しみがじわりと広がって、喉の奥が熱くなる。

「どうしてそんなこと言うの? 私は別に」

「キスされたじゃないか。……星に隙があったからだろ」

 冷たい声。その響きが胸を刺す。

 信じてない? 私の気持ちが守兄に向いてるって思ってるの?
 あきらにだけは、信じてもらいたかったのに。

 目頭が熱くなり、涙がにじむ。
 それでも私は必死に彼を見つめた。

「……私は、あなたが好きなのよ」

 ありったけの想いを込めて告げる。
 けれど、あきらはわずかに視線を合わせただけで、すぐ逸らしてしまった。

「もう、星の気持ちがわからないっ」

 そう言って俯く。

 なんで、私の気持ちは変わってないのに。

「それは酷いだろ」

 黙っていた守兄が、ふいに口を開いた。
 肩に手が置かれたかと思うと、そのまま引き寄せられる。
 ふわりと寄り添う体温。

「おまえ、最低だな。自分の彼女を疑うなんて」

 あきらの目が見開かれる。
 その瞳は動揺で揺れ、唇がかすかに震えていた。

「……俺、は」

 苦しげに唇を噛み、あきらが私を見る。
 その視線は、今にも泣き出しそうだった。

「あ……」

「姉ちゃん?」

 張り詰めた空気を破るように、太陽が現れた。
 不安そうに私たちを見つめる。

「どうしたの? 騒がしいけど、何かあった?」

 その瞬間、あきらは私に背を向けた。
 そして駆けだす。

「あきら、待って!」

 必死に呼んでも足を止めてくれない。
 背中は遠ざかり、やがて闇に消えた。

 どうしていいのかわからず、私はその場に立ち尽くした。

「星……」

 すぐ横で守兄がそっと声をかける。
 けれど、伸ばされた腕を私は押し返した。

「ごめんなさい」

 守兄は一瞬動きを止め、やがてその手を下ろした。

「こっちこそ、ごめん。こんなことになってしまって」

 そう言って深く頭を下げる。
 沈黙が落ち、気まずい空気が流れた。

 私が何も言えずにいると、守兄が小さく告げる。

「じゃあ、また」

 彼は背を向けて歩き出す。
 その後ろ姿は、少し寂しそうに見えた。
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