溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

第54話【あきらside】――信じたい、けど

 仕事を終えた俺は、楽屋に戻るなり衣装を脱ぎ捨て、私服へと着替える。

「はあ……」

 大きなため息とともに、近くのソファへ体を投げ出した。

 だめだ。仕事に集中できない。
 あれから、星のことが頭から離れないんだ。

 本条守。あいつとのキスシーンが脳裏に蘇る。
 ぐるぐると映像が勝手に再生され、心をかき乱してくる。

 そして極めつけは、星のあの傷ついた顔。

 俺が言った言葉のせいだ。
 ひどいことを言ってしまった。
 「あいつの方がいい」なんて、そんなこと微塵も思ってないのに。

 あの男のことになると冷静でいられなくなる。

 星にとって、あいつが特別な存在のように見えて。
 油断すれば、さらわれてしまうんじゃないか。

 不安で押し潰されそうになる。

 星を取られたくない。

 俺だって必死なんだ。
 でも結局、焼きもち妬いて、八つ当たりみたいな態度をとって。

 最低だ。
 男として、本当に最低だ。

「あー、もう!」

 感情を持て余して、目の前の机をガンッと叩く。

 もう一度ため息をつこうとしたその時、コンコン、と扉がノックされた。

「はい」

 返事をすると、すぐに声が返ってきた。

「私、入るわね」

 ゆっくりと扉が開く。
 入ってきたのはマネージャーの小森さんだった。

 その表情は、どことなく暗い。最近はずっとそうだ。
 理由は、なんとなく察している。
 けれど今はそれどころじゃない。

 俺は彼女の姿を見るなり、問いかけていた。

「小森さん……あの、星は」

 これが、今いちばん知りたいことだった。

 俺の言葉に、小森さんの表情が一瞬かたくなる。

「え? ああ、会ってきたわよ」

 にこりと笑って答えながら、彼女はゆっくりと部屋の中へ。
 向かいのソファに腰を下ろす。

 緊張で手に汗がにじむ。
 その返答に、どうしても期待してしまうから。

 俺は小森さんに頼んでいた。

 星に、会ってきてほしいと。

 あの日、喧嘩別れして以来、彼女とは一度も顔を合わせていない。

 いや、会いに行く勇気がなかった。

 どんな顔をして会えばいい?
 もし拒絶されたら?

 そう思うと、足がすくんで動けなかった。

 それでも。気になって仕方がなかった。

 だから小森さんに頼んだ。
 星の様子を、確かめてきてほしい、と。

 期待の眼差しを向けると、小森さんはゆっくりと口を開いた。

「星ちゃんね……会ってきたわよ。でも……」

 不快そうに顔を歪め、俯く。
 その仕草に焦りを覚え、思わず身を乗り出した。

「え! ど、どうしたの? 星に何かあった?」

 心配で声が上ずる。
 けれど、その心配は違ったようだ。

 顔を上げた小森さんの表情は険しく、鋭い眼差しが俺を射抜く。

「あの子、あなたのこと何もわかってない。
 一緒にいたって、あきらのプラスにならないわ。
 夢の邪魔になるだけだと思う」

 間を置かず、冷たい声が響く。

「もう、別れたら?」

 またその話か。

 気持ちがすっと冷めるのを感じた。
 この人は、何を言うのかと思えば、結局それ。

 今までも何度となく聞かされた言葉だ。

 そのたびに俺は怒った。
 最近は頻繁すぎて、正直うんざりしている。

「またその話? 俺の気持ちは変わらないよ。知ってるだろ」

 声に怒りを込める。

 すると、小森さんはふと悲しげな表情を浮かべた。
 憐れむような目で俺をじっと見つめてくる。

「な、何だよ」

 胸がざわつき、嫌な予感が走る。
 彼女が次の言葉を発するまでの一瞬がやけに長く感じられ、ごくりと唾を飲み込んだ。

「あきら、可哀そう。
 あの子、あの男とよろしくやってるわよ」

「え……」

 頭が真っ白になる。

「最近、毎日のように二人は会ってる。
 あの本条とかいう男。星ちゃんの家に通ってるの。
 この意味、わかるでしょ?」

 小森さんの口元に、意味深な笑みが浮かぶ。

「う、嘘だ! そんな……」

 衝撃で体が固まる。

 あの男と星が?

 星に限ってそんなことはない。俺を裏切るようなこと、絶対に。
 そう強く思うけれど、喉が閉じて、何も言えなくなる。

 小森さんがふっと息をついた。

「信じられない? じゃあ自分で確かめればいいじゃない。
 ずっと会ってないんでしょ。一度、ちゃんと顔を見てきたらどう」

 挑むような笑み。
 不安がさらに増していく。

 そんな、まさか。

 否定しても、心のどこかで「もしかして」と声がする。

 俺が黙り込んでしまうと、小森さんはすっと立ち上がった。

「よく考えて」

 それだけ告げると、楽屋をあとにした。
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