溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~
第53話 心が張り裂けそう
隣をそっと見やると、小森さんは険しい顔のまま俯いていた。
ここは、彼女がいつも運転しているワゴン車の中。
後部座席に腰を下ろした小森さんに手招きされ、私はそのまま従うように隣へ座った。
どうしてこんなことに……?
横目で小森さんを盗み見る。
彼女から漂う空気が怖い。ピリピリと張り詰めていて、近づきがたい。
怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。どちらにしても、良い話でないことは確かだった。
車内の空気はどんよりと重く、息苦しい。
「ねえ、星ちゃん」
不意に名前を呼ばれ、私は反射的に顔を向けた。
その瞳に射抜かれ、背筋が強張る。
何を言われるの?
固唾を呑んで待つ私に、冷たく残酷な言葉が告げられた。
「あきらと、別れてくれない?」
「え……」
驚きで目を見開く。
彼女の瞳は冷たく、刺すようだった。
ほんの数秒の沈黙。けれど永遠のように長く感じられる。
何も言えずにいると、小森さんはふっとため息をついた。
「前にも言ったと思うけど……あなた、あきらのためにならないのよ。
あの子、星ちゃんのせいでぼろぼろなの」
耳に引っかかる言葉。
どういうこと? あきらが?
小森さんは疲れたように大きくため息を吐いた。
「あなたと喧嘩してから、仕事がうまくいかなくなったの。
たぶん、星ちゃんのことでいろいろ悩んでるからだと思う」
そこで言葉を切り、ぎゅっと唇を結ぶ。
悔しそうに顔を歪めながら、彼女は続けた。
「ほんと、見ていられないくらいにね……。
あんなに楽しそうに仕事していたのに、今では抜け殻みたい。
彼の様子がおかしいと気づいた周りの連中も、なにかあるんじゃないかって嗅ぎまわってる」
小森さんは疲れ切った顔でうつむいた。
あの、いつも自信満々な彼女が、こんなふうに落胆するなんて。
言葉が見つからない。
そんなことになっていたなんて。
あきら、大丈夫なの? 仕事は順調だと思っていたのに。
「関係者の人たちも、このままじゃって、難色を示し始めてる。
――彼、業界から干されるかもしれない」
彼女は苦しげに眉を寄せる。
あきらのことを本気で心配しているのが痛いほど伝わってきた。
そうだよね。
小森さんは、あきらがまだ人気のない頃からずっと支えてきた。
彼のことになると一生懸命になる姿を、何度も見てきた。
小森さんが私に向き直る。
真剣な眼差しで見つめ、私の手をぎゅっと握りしめてきた。
「こんなこと言いたくないけど……
星ちゃん、お願い。あきらから離れて。
このままじゃ、あの子、取り返しがつかなくなる」
懇願するような瞳。
彼女は重苦しい表情のまま、さらに言葉を重ねた。
「きっと、離れれば、あきらも落ち着きを取り戻すはずよ。
お互い、少しずつ忘れていけると思うの。
そうすれば、また元通りに戻れるんじゃないかって」
何を、言っているの?
声が遠ざかっていく。
彼女の言葉が、だんだん聞き取りづらくなる。
「あとのことは私に任せて。あきらのことは、命に替えても支えていく。
これからは私が隣で支え守るから。安心して」
優しい顔で微笑む彼女を、私はただぼんやりと見つめ返す。
全身の力が抜け、何も言い返せない。
「あなたは、遠くからあきらの幸せを祈っていてくれれば、それでいい」
満足そうに笑うその姿に、はっと意識が戻ったように思考が動きだす。
「ま、待ってください! それは、あきらの意志なんですか?
私と別れたいって……彼が言ったんですか?」
願いを込め、縋るように尋ねる。
どうか違うと言って。
けれど、小森さんは困ったように眉をひそめ、また口を閉ざした。
沈黙の中、鼓動だけがやけに大きく響く。
「……そうよ」
その一言が、鋭く心を抉る。
痛い。胸が痛い。
世界が音を立てて崩れていくように感じる。
嘘、信じられない。
あのあきらが、そんなこと言うなんて。
今までずっと「大好き」って、「愛してる」って言ってくれたのに。
「ずっと一緒だよ」って、笑いかけてくれていたのに。
それは、嘘じゃないはず。
あきらがそんなこと言うはずない。
必死にそう言い聞かせながら、痛みに抗った。
そのとき、ふと守兄の顔が浮かぶ。
そうか……
あきらは守兄との一件で傷ついて、私に絶望したんだ。
私と守兄がデキてるって。
私の気持ちがもうあきらから離れてしまったって思って。それで?
信用できなかった?
もう、好きじゃなくなった?
一緒にいると、あきらがダメになっちゃうの?
傍にいるのは迷惑で、邪魔……?
どうして……なんでっ。
体が震え、涙が溢れ頬を伝っていく。
私はまだ、あきらのことが、
こんなにも好きなのに。
いろいろあった。誤解もあった。傷つけてしまったことだってある。
でも、それでも。
私たちならきっと大丈夫だって、信じていたのに。
視界が滲む。
突きつけられた衝撃があまりに大きくて、心がぐちゃぐちゃになる。
どうすればいいのかわからない。
ただただ悲しくて、苦しくて。
涙があふれて止まらない。
声を押し殺し、泣き続ける私の背中を、小森さんはずっと優しく撫でてくれていた。
そのあと、どうやって家へ帰ったのか記憶がない。
きっと、小森さんが送り届けてくれたのだろう。
何も考えられなかった。
心が張り裂けそうで、息をするのさえつらい。
あきら……あきら。
あなたに会いたい。
でも、あなたはもう会いたくないの?
私はすべての感情に蓋をするように、そのまま深い眠りへと沈んでいった。
ここは、彼女がいつも運転しているワゴン車の中。
後部座席に腰を下ろした小森さんに手招きされ、私はそのまま従うように隣へ座った。
どうしてこんなことに……?
横目で小森さんを盗み見る。
彼女から漂う空気が怖い。ピリピリと張り詰めていて、近づきがたい。
怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。どちらにしても、良い話でないことは確かだった。
車内の空気はどんよりと重く、息苦しい。
「ねえ、星ちゃん」
不意に名前を呼ばれ、私は反射的に顔を向けた。
その瞳に射抜かれ、背筋が強張る。
何を言われるの?
固唾を呑んで待つ私に、冷たく残酷な言葉が告げられた。
「あきらと、別れてくれない?」
「え……」
驚きで目を見開く。
彼女の瞳は冷たく、刺すようだった。
ほんの数秒の沈黙。けれど永遠のように長く感じられる。
何も言えずにいると、小森さんはふっとため息をついた。
「前にも言ったと思うけど……あなた、あきらのためにならないのよ。
あの子、星ちゃんのせいでぼろぼろなの」
耳に引っかかる言葉。
どういうこと? あきらが?
小森さんは疲れたように大きくため息を吐いた。
「あなたと喧嘩してから、仕事がうまくいかなくなったの。
たぶん、星ちゃんのことでいろいろ悩んでるからだと思う」
そこで言葉を切り、ぎゅっと唇を結ぶ。
悔しそうに顔を歪めながら、彼女は続けた。
「ほんと、見ていられないくらいにね……。
あんなに楽しそうに仕事していたのに、今では抜け殻みたい。
彼の様子がおかしいと気づいた周りの連中も、なにかあるんじゃないかって嗅ぎまわってる」
小森さんは疲れ切った顔でうつむいた。
あの、いつも自信満々な彼女が、こんなふうに落胆するなんて。
言葉が見つからない。
そんなことになっていたなんて。
あきら、大丈夫なの? 仕事は順調だと思っていたのに。
「関係者の人たちも、このままじゃって、難色を示し始めてる。
――彼、業界から干されるかもしれない」
彼女は苦しげに眉を寄せる。
あきらのことを本気で心配しているのが痛いほど伝わってきた。
そうだよね。
小森さんは、あきらがまだ人気のない頃からずっと支えてきた。
彼のことになると一生懸命になる姿を、何度も見てきた。
小森さんが私に向き直る。
真剣な眼差しで見つめ、私の手をぎゅっと握りしめてきた。
「こんなこと言いたくないけど……
星ちゃん、お願い。あきらから離れて。
このままじゃ、あの子、取り返しがつかなくなる」
懇願するような瞳。
彼女は重苦しい表情のまま、さらに言葉を重ねた。
「きっと、離れれば、あきらも落ち着きを取り戻すはずよ。
お互い、少しずつ忘れていけると思うの。
そうすれば、また元通りに戻れるんじゃないかって」
何を、言っているの?
声が遠ざかっていく。
彼女の言葉が、だんだん聞き取りづらくなる。
「あとのことは私に任せて。あきらのことは、命に替えても支えていく。
これからは私が隣で支え守るから。安心して」
優しい顔で微笑む彼女を、私はただぼんやりと見つめ返す。
全身の力が抜け、何も言い返せない。
「あなたは、遠くからあきらの幸せを祈っていてくれれば、それでいい」
満足そうに笑うその姿に、はっと意識が戻ったように思考が動きだす。
「ま、待ってください! それは、あきらの意志なんですか?
私と別れたいって……彼が言ったんですか?」
願いを込め、縋るように尋ねる。
どうか違うと言って。
けれど、小森さんは困ったように眉をひそめ、また口を閉ざした。
沈黙の中、鼓動だけがやけに大きく響く。
「……そうよ」
その一言が、鋭く心を抉る。
痛い。胸が痛い。
世界が音を立てて崩れていくように感じる。
嘘、信じられない。
あのあきらが、そんなこと言うなんて。
今までずっと「大好き」って、「愛してる」って言ってくれたのに。
「ずっと一緒だよ」って、笑いかけてくれていたのに。
それは、嘘じゃないはず。
あきらがそんなこと言うはずない。
必死にそう言い聞かせながら、痛みに抗った。
そのとき、ふと守兄の顔が浮かぶ。
そうか……
あきらは守兄との一件で傷ついて、私に絶望したんだ。
私と守兄がデキてるって。
私の気持ちがもうあきらから離れてしまったって思って。それで?
信用できなかった?
もう、好きじゃなくなった?
一緒にいると、あきらがダメになっちゃうの?
傍にいるのは迷惑で、邪魔……?
どうして……なんでっ。
体が震え、涙が溢れ頬を伝っていく。
私はまだ、あきらのことが、
こんなにも好きなのに。
いろいろあった。誤解もあった。傷つけてしまったことだってある。
でも、それでも。
私たちならきっと大丈夫だって、信じていたのに。
視界が滲む。
突きつけられた衝撃があまりに大きくて、心がぐちゃぐちゃになる。
どうすればいいのかわからない。
ただただ悲しくて、苦しくて。
涙があふれて止まらない。
声を押し殺し、泣き続ける私の背中を、小森さんはずっと優しく撫でてくれていた。
そのあと、どうやって家へ帰ったのか記憶がない。
きっと、小森さんが送り届けてくれたのだろう。
何も考えられなかった。
心が張り裂けそうで、息をするのさえつらい。
あきら……あきら。
あなたに会いたい。
でも、あなたはもう会いたくないの?
私はすべての感情に蓋をするように、そのまま深い眠りへと沈んでいった。