偽装結婚の相手は疑い深い脳外科医でした
プロローグ
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『それならさっき銀行で残高を確認したので、百二十万円なら週明けにでも入金できます。それと、このことはくれぐれも内密に……』

夜勤明け、勤務先の病院から直行した叔母の家で耳にした、見知らぬ女性の念を押す言葉。
それが、遥人が咲良との偽装結婚を決めた理由のひとつだ。

遥人の叔母・彩子は司法書士という職業柄か、周囲から相談を受けることが多く困っている人を放っておけないお人好し。
昔から感謝されることが多い一方で、トラブルに巻き込まれることも少なくなかった。
そのたび親戚の中で彩子と年が近い遥人が駆り出され、解決に向けて対応してきた。
五年ほど前に彩子が住まいと事務所を移してからは、遥人の力が必要とされる機会は減り落ち着いていたが、気を緩めるべきではなかったと、遥人は今自分の甘さを痛感している。

「この家も空き家にしておくのは物騒だし。かといって妙な人に貸したくないから。なんなら咲良ちゃんに譲ってもいいって考えてるの」
 
――正気か?

遥人は箸を持つ手を止め、酒で顔を赤くしている彩子をまじまじと見つめた。
ここは五年前まで彩子が母親と暮らしていた一軒家。
だが今は彩子とは縁もゆかりもない芝田咲良が我が物顔で暮らしている。
おまけに彼女は現在彩子の司法書士事務所で働いているらしく、彩子個人の銀行口座に関しても任されているようだ。 
百二十万もの大金を、それも彩子には内密に動かしている可能性があるとなれば、見過ごすわけにはいかない。

「またそんな冗談。お昼から飲みすぎです」

休日だからと昼間から陽気にビールを飲んでいる彩子に、子どもを諭すような声音で言い聞かせる咲良に悪意や下心があるようには見えず、むしろ朗らかな笑顔からは彩子に似た人のよさも垣間見えるが、それを信用するほどお人好しではない。
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