偽装結婚の相手は疑い深い脳外科医でした
わかっているとはいえ、二十六歳という年齢に見合っていない額の数字が並んでいて、気持ちが引きしまる。
この数字を見るたび、咲良のためにと遺産を残してくれた祖父に感謝し、大切に使わなければと思う。
するとその時、スマホからメッセージが届いた音が聞こえてきた。
銀行を出て再び自宅に向かいながら確認すると、父からのメッセージだった。

【家の解体が完了した。見合いの日程が決まったら連絡するから、そのつもりで】

要件だけの無駄のないメッセージは嫌いではない。
効率がよくて大歓迎だけれど。

「そのつもりで? 一方的すぎる」

昔から変わらない父の強引な性格にはため息がこぼれる。
法律事務所の代表を務めている弁護士の父は、事務所近くのマンションで暮らしている。
咲良も幼い頃に母を病気で亡くして以来、祖父母や家政婦に面倒を見てもらいながらそのマンションで父と暮らしていたが、高校時代に祖母が亡くなり、やがて祖父が大病を患い入院したのをきっかけにマンションを出て、祖父の家で暮らし始めた。

『父さんのことは施設に預けてプロに任せればいい』

祖父の介護中、父から何度となく向けられた言葉が頭をよぎる。

「そうだったかもしれないけど」

仕事を最優先に考えていた父に代わって咲良を育ててくれた恩を考えれば、祖父を施設に預けることはできなかった。

「それに……」

咲良は軽く唇をかみしめた。
父は祖父が一代で国内有数の大企業にまで育てた『芝田製作所』の後継者として期待されていたにもかかわらず、それを拒否して法律の道に進んだ。
父には父の人生があり、祖父もそのことを理解していたようだが、祖母とともに心血を注いで大きくした大切な会社を、そして自分の人生までもを息子に否定されたようで悲しかったと、ポロリと口にしたことがあった。
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