偽装結婚の相手は疑い深い脳外科医でした
そして彩子の事務所で働くことになっただけでなく、家まで提供してもらえるという思いがけない展開。
五年前まで彩子と彼女の亡くなった母親が暮らしていたという家は、3LDKの和風建築。どの部屋も手入れが行き届いていて、綺麗に整えられていた。

『空き家のままにしておくより全然いいし』

そんな理由で家賃は破格の安値。
そのお礼と感謝を兼ねて、ひとり暮らしで料理が苦手だという彩子のために月に何度か手料理を振る舞っている。
今日もランチに招待し、彼女の大好物のマヨネーズたっぷりのポテトサラダを作ろうとしたのはいいが、マヨネーズが切れていたことをすっかり忘れていた。
大急ぎで商店街の奥にあるスーパーに走り、無事にマヨネーズを調達した。

「彩子さん、起きたかな」

自宅に続く緩やかな坂道を上りながら、ふと呟いた。
彼女は昨夜、司法書士の先生方との勉強会とその後の宴席に参加しているはず。
お酒好きの彼女が気分よく飲んだのは確実で、まだ寝ているかもしれない。
スマホを見るとそろそろ正午。
しばらく待って来なければ電話をしてみよう。

「あっ」

咲良は角を曲がる直前、ハッとして近くの銀行に飛び込むと、彩子から預かった通帳とキャッシュカードをバッグから取り出して、頼まれていた金額を引き出した。

「これも忘れるところだった」

ホッとする一方で、急ぎで現金が必要だとはいえ他人の自分を信用して暗証番号まで教える彩子のことが心配だ。
おまけにキャッシュカードを預かるのは今日が初めてではない。

『口座の中の動きはスマホで確認できるから大丈夫』

なにが大丈夫なのかわからないが、自信ありげにそう言う大らかさは彼女の魅力でもあり大好きだけれど。
いつか誰かにだまされそうな気がして不安になる。
気を取り直し、咲良自身の通帳にも記帳を終えた。
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