素のまま恋


「つか、あんなやつに自分から絡まれに行くとかバカかよ。こんな細い指でと腕で」

「たまたま見かけちゃって見ざる出来ず……でも鞄いいとこにあっただろうが。……でしょう?」


危ない。つい口調が乱暴になりかけた。
明らかにもう聞かなかったことにって言うのは無理だけど。ここはこれ以上ボロを出さないために退散しよう。


「あ、えっと……用事あるんで!絆創膏本当にありがとう、それじゃあ……!」



もっと素の自分をさらけ出す前に早くこの場とこの男の子から離れたくて、軽く会釈をし足早に帰路に着いた──











『皆森旅館』──母が女将で、代々継いできた古きよき木造建ての旅館だ。


「ただいま」


旅館を抜けて、裏手にある家へ行こうとしたら、横からお母さんがやって来た。


「遅いわよ、詩姫。今日は早く帰って来てって言ってたのに。着替えておいで」

「……はーい」


そういや今日は確か、お偉いさんとその弟子?が来るんだっけ?
昨日言われたけど話聞いてなかったから忘れてしまった。


まっすぐと事務室に行き、慣れた手付きで制服から着物へと早着替え。
髪を束ね、全身チェック。

変なところはないのを確認して、私はお母さんが待つ玄関前へ向かった。

するとすでにその白髪のお偉いさんが来ていて、声が聞こえてくる。


「おまちしておりました、鼓様」

「お出迎えありがとうございます女将」


ああ、来ちゃってる。急げ急げ。
< 9 / 109 >

この作品をシェア

pagetop