自称『おっさん』なイケおじ上司はパソコンよりもハンドルが似合う
気晴らしドライブ
 オフィスに私のタイピング音だけが虚しく響く。

 時計の針はとうに定時を回っていた。周りの席の先輩方は、一足先に「お疲れ様ー」と軽やかに帰路についている。

 入社して2年目の24歳。
 仕事の流れは覚えたはずなのに、どうにも効率が悪い。要領が悪くて、まともに定時で上がれた記憶なんて片手で数えるほどしかなかった。
 今日もデスクに山積みの書類を見つめ、小さくため息を漏らす。

「おや、根室さん。まだ帰らないの?」

 不意に頭上から降ってきたのは、低く穏やかな、だけどどこか色気のある声。
 ビクッとして見上げると、そこには私の上司である藤原(ふじわら) 純一郎(じゅんいちろう)さんが立っていた。いつも仕立てのいいスーツを完璧に着こなし、誰に対しても物腰柔らか。それでいて仕事は完璧という超人。そんな藤原さんがこんな時間まで残っているのが意外だった。

「あ、藤原さん…。お疲れ様です。その、まだちょっと仕事が残っていまして」

 私が力なく笑うと、藤原さんは困ったように眉を下げて笑った。

「うーん、困ったな。実はね、さっきの会議で社長から『最近の若い子は働きすぎだから、早く帰るように促しなさい』って釘を刺されちゃってさ。今君を置いて帰ったら、僕の管理能力が疑われて減給されちゃうかもしれない」
「えっ!? あ、それは申し訳ありません。ですが、仕事が終わらないことにはどうしようもなくて…」
「仕事って来週お客様と打ち合わせするもの?」

 その言葉に頷けば、彼は朗らかに笑った。

「よし。じゃあ今から10分で終わらそうか」
「え、いやいやいや、」
「その様子だと9割はできているんじゃないかい? それならあとは任せて。根室さんは帰る準備をして待っててくれるかい?」

 藤原さんは私のデスクにそっと手を置き、覗き込むようにして微笑んだ。
 その言葉に抗えるはずもなく、私はコクコクと何度も頷くことしかできなかった。

 そして、彼の宣言通りものの10分で仕事が終わった。びっくりしていれば、彼は何でもないことのように笑った。

「さて、もうこんな時間だし、遅くなったから家まで送るよ。……こんなおっさんとでも良ければ、だけどね」

 完璧な笑顔と流れるようなエスコート。
 断る隙なんて一ミリも与えられないまま、気がつけば私は、藤原さんの高級セダンの助手席に収まっていた。
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