海賊退治専門屋
第1章

プロローグ

 俺の名前は、ヤンマ。

 熱血そうだとよく言われるけれど、
 実際の俺は正反対だ。

 臆病で、人見知り。
 一人では何も決められないような性格をしている。

 背だけは男子の中でも高いほうなのに、中身はまるで頼りない。

​ 学校からの帰り道を歩いていた、その時だった。

 背後から、誰かが近づいてくる気配がした。
「……誰?」
 振り返ろうとした瞬間、俺の意識は真っ暗になった。

​ ――……ここ、どこだ?

 うっすらと目を開けると、
 見知らぬ部屋の床に寝かされていた。

​ 壁も床も木でできている。
 周りには大きな樽が何十個も並び、
 部屋全体がゆっくりと、
 不気味に揺れていた。
 鼻を突くのは、
 妙に生臭い潮の匂い。

「船……?」

 まるで海賊船の中みたいだ、
 と思った。
 だが、
 そんなはずはない。
 海賊なんて現実にいるわけがないのだから。

​ 俺は恐る恐る立ち上がった。
 体はどこも縛られていない。
 監禁なら縄くらい使うはずなのに、
 それもない。
 本当に誘拐されたのだろうか。
 状況がまったくわからない。

​ それでも、
 このまま誰かを待つより逃げたほうがいい。そう思った時だった。

――ギシ……ギシ……。

 木の床を踏み鳴らす足音が、
こちらへ近づいてくる。

​「誰か来る……!」

 心臓が跳ね上がった。
 俺は慌てて身を隠そうと周囲を見回す。この大きな樽なら、
 中に隠れられるかもしれない。

​ 一つ目の樽を開ける。
 中にはなみなみと注がれた酒。

 二つ目。
 今度は金貨や宝石がぎっしり詰まっていた。

「な、なんで樽の中に宝石が
……ゲームみたいだ……」

 三つ目も怪しげな荷物でいっぱい。

 半ばパニックになりながら開けた四つ目で、
 ようやく空っぽの樽を見つけた。

「助かった……!」

​ 俺は急いで中へ這いずり回り、
ふたをパタンと閉めた。
薄暗い樽の中で、
自分の激しい鼓動だけが響く。

​ その直後だった。

「ヤンマちゃーん、起きたー?」

 聞いたこともない、
 妙に軽い男の声が響いた。

 ――どうして、
俺の名前を知っているんだ?

​「ヤンマちゃーん、いるなら返事してー」

 返事なんてできるわけがない。
そもそも、
「ヤンマちゃん」
なんて呼ぶ知り合いはいない。
学校でも家でも、
「ヤンマ」

「ヤンマ君」
としか呼ばれたことがないのだ。
この声の主は、一体誰なんだ。

​ ギシ、ギシ……。
 足音がどんどん近づいてくる。
 お願いだ、見つからないでくれ……。
​ ギュッと目を瞑り、息を止めて願った次の瞬間、

「みーつけた♪」

 頭上のふたが、
 勢いよく剥ぎ取られた。
​「ひっ……!」

 あまりの恐怖に、
 まともな悲鳴すら出なかった。

 目の前に立っていたのは、
 白い肌をした細身の男。

「ヤンマちゃん、心配したのよ~」

 男は女性のような口調で、
 妖しく微笑んだ。

​「……こ、ここは、どこですか?」

「そんなに敬語を使わなくてもいいのに」

 質問には答えず、
 男は楽しそうにクスクスと笑う。

​「どうして俺の名前を知ってるんですか!?」

 恐怖が限界を迎え、
 裏返った声が口から飛び出していた。

「それは……まだ秘密♪」

「秘密って……そんなの困りますよ!
俺は突然、
知らない場所で目を覚ましたんですよ!?」

​「知らない場所だなんて失礼ね」

 男は困ったように肩をすくめてみせた。

 そして、
 にっこりと、
 底知れない笑みを浮かべて言った。

「ここは異世界よ」

​「……異世界?」

 そんなファンタジーなもの、
 本当に存在するのか。
 脳の処理が追いつかない。

​ 呆然とする俺を見下ろし、
 男はトドメを刺すように告げた。

「これからは、
この世界で暮らしてもらうわ」

​ その笑顔は、
 どうしても冗談には見えなかった。

 俺の平凡で冴えない日常は、
 この瞬間、完全に終わりを告げたんだ。
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