海賊退治専門屋
 海賊の船長、
 ザイコスキーと共に過ごす日々の中で、
 俺は少しずつ彼に心を許し始めていた。

 船の上で寝食を共にし、
 甲斐甲斐しく身の回りの世話を受けるうちに、
 あの日感じた恐怖は消え、
 彼との距離は確実に近くなっていく。

​ しかし、
 ある穏やかな日のことだった。
 波の音を聴きながら、
 俺はふと、
 あの大切な日常と家族の顔を思い出し
た。

「……家族に、
会いたいな」

​ ポツリと漏らしたその言葉に、
 ザイコスキーはいつもの笑みを消し、
 静かに告げた。
「あなたに帰る場所は、
もうないわ」

「……どうして?」

「あなたのいた場所は“邪心”に襲われたの。
私は、あなたを守るためにここへ連れてきたのよ」

​ 邪心? 守るため?

 俺にはその言葉の意味がまったく理解できなかった。
 ただ、
 胸をざわつかせる不穏な予感だけが膨らんでいく。
「少し、考えさせてほしい」
 と返すのが精一杯だった。

​ 俺には、
 父と母、
 そして姉がいた。

 姉は小柄で、
 ひまわりのように明るい人だった。
いつも俺のことを
「ヤンマ君」
とからかうように呼び、
落ち込んでいるときは不思議なほど家族を元気づけてくれる、
太陽のような存在。

 そんな姉の笑顔を思い出すたび、
 胸が締め付けられるほど過去が恋しくなった。

​ やがて、
 俺の様子を見ていたザイコスキーが、
 意を決したように言った。

「そこまで言うなら、
家族に会いに行きましょう。
ただし……覚悟しなさい。
危険よ」

​ 俺は恐怖に足をすくませながらも、
 強く頷いた。
 二人は船を出し、
 俺の故郷へと向かった。

​――だが、
 ようやくたどり着いた我が家は、
 すでに異様な光景へと成り果てていた。

 玄関をくぐった瞬間に漂う、
 鉄臭い匂い。リビングに足を踏み入れた俺の目に飛び込んできたのは、
 床に倒れ、
ピクリとも動かない父と母の姿だった。

​「父さん……! 母さん……っ!?」

 冷たくなった二人を揺さぶっても、
 返事はない。
 息絶えていた。

 頭が真っ白になる。
 だけど、
 姉の姿がどこにもない。

​「姉さん! 姉さんどこだ!?」

 狂ったように叫びながら家の奥へと進む。
 突き当たりの部屋に、
 それはいた。

 “姉らしき、何か”が。

​ それは、
 明らかに普通の人間ではなかった。

 肌は土気色に変色し、
 目は濁り、
 唇は不気味な紫色に染まっている。
 言葉を失ったかのように、
 喉の奥から苦しげなうめき声を漏らすだけ。

​ それでも、
 俺はその化け物じみた存在に駆け寄らずにはいられなかった。

「姉さん……? 姉さんなの……?」

​ 俺の声に、
 その存在がピクリと反応した。
 濁った瞳が俺を捉え、
 わずかに、
 自分を認識しているような光を宿す。

 背後から追ってきたザイコスキーが、
 鋭い声で警告した。

「離れなさい、ヤンマちゃん! それは、あなたの家族を殺した犯人かもしれないわよ!」

​「そんなはずない!」

 俺は叫んでいた。
 臆病な俺が、
 ザイコスキーに大声で噛みついていた。

「姉さんがそんなことするはずない……!
姉さんは、
誰も傷つけたりしない!」

​ 姉のような存在の目から、
 大粒の涙が溢れ、
 変色した頬を伝い落ちる。
 何かを、
 必死に俺へ伝えようとしている。

​「船へ連れて帰る」

 俺は決意した。
 たとえ姿が変わってしまっていても、
 この涙が、
 彼女が姉である証拠だ。
 その可能性を、
 俺は絶対に捨てない。

​ 船の客室に姉を寝かせ、
 俺は狂ったように問いかけ続けた。

「姉さん、何があったの?
犯人は誰なんだ?」

 しかし、彼女の口から出るのは掠れた空気の音だけ。
 うまく言葉を結べない。

​ 見かねたザイコスキーが、
 残酷な現実を突きつけてくる。

「ヤンマちゃん、現実を見なさい。
もう元の人間には戻れないかもしれないのよ」

​「それでもいい」

 俺の心は、
 もう揺らがなかった。

「人間じゃなくなったとしても、
俺のために泣いてくれるなら、
この人は姉さんだ」

​ その時、
 姉らしき存在の唇が小さく動いた。

 かすれた声が、
 途切れ途切れにこぼれ落ちる。

「……よ……が……た……」

​ それは明確な意味のある言葉にはならなかった。
 ザイコスキーにはただのうめき声に聞こえたかもしれない。
 だけど、俺にははっきりと分かった。

 彼女は今、
「よかった」
 と言ったんだ。
 俺が生きていたことを、
 心の底から喜んでくれたんだ。

​ その瞬間、
 俺の胸の奥で、
 臆病さを焼き尽くすような熱い炎が灯った。

​ 家族を襲い、
 姉をこんな姿に変えた犯人の正体を、
 必ず突き止めてやる。

 そして、
 どんな困難が待ち受けていようと、
 姉を元に戻す方法をこの世界で見つけ出してみせる。

​ たとえ、
 これが本当の姉ではなかったとしても――俺は自分が信じたいもののために、
 真実を知るために、
 この異世界の海を前へと進むんだ。
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