黒澤主任の甘いイジワル
週明けの早朝。部長からの緊急の呼び出しに、一条新菜は慌ただしく身支度を整えて家を出た。
(……うわっ)
駅のホームに滑り込んできた電車はすでに鮨詰め状態で、見送ろうか迷うほどだった。
「乗った方がいいよ」
耳元で響いた落ち着いた声に、はっとして振り仰ぐ。そこにいたのは、海外赴任中のはずの黒澤優矢だった。
「え、黒澤さんっ?」
「久しぶり。急遽、今日から戻ることになった。よろしく」
新菜は、建材商社の藤川物産に入社して五年。黒澤が海外赴任になる二年前まで、彼の営業補佐を務めていた。
「よろしくお願い——」
しますと言い切る前に、押し寄せる人の流れに車内へと押し込まれた。黒澤が先に入り、新菜の背後に立った。逃げ場を失い、ドアに押し付けられる。
「……大丈夫?」
「……なんとか」
小声で言葉を交わす。電車がカーブに差し掛かると、新菜のほうへ重心が傾き、人波が押し寄せてきた。弾みで背中に黒澤の胸板が当たった。
「ごめん」
黒澤の声が耳元で響いた。そっと視線で黒澤を窺うと新菜の目の前のドアに手を突き、人の重みから新菜を庇うように堪えていた。すらりと伸びる指に思わず見惚れた瞬間——。
(あっ……)
車両がガタンと揺れ、足元が浮いた。バランスを崩した新菜の腰を、黒澤の腕が迷いなく抱きとめた。
「大丈夫?」
「はっ、はい」
黒澤と至近距離で目が合う。ドアと彼の身体に挟まれ、整った顔が新菜のすぐ耳の横にある。呼吸も感じるくらいの近さ……。ほのかに香るシトラスと密着した体温のせいで、新菜は腰から力が抜けそうになるのを必死で耐えた。
「……悪い。さっきは驚かせて」
「……いえ、ありがとうございます」
二年ぶりの再会の朝。
出社すると、再会の余韻に浸る間もなく怒涛の時間が始まった——。
(……うわっ)
駅のホームに滑り込んできた電車はすでに鮨詰め状態で、見送ろうか迷うほどだった。
「乗った方がいいよ」
耳元で響いた落ち着いた声に、はっとして振り仰ぐ。そこにいたのは、海外赴任中のはずの黒澤優矢だった。
「え、黒澤さんっ?」
「久しぶり。急遽、今日から戻ることになった。よろしく」
新菜は、建材商社の藤川物産に入社して五年。黒澤が海外赴任になる二年前まで、彼の営業補佐を務めていた。
「よろしくお願い——」
しますと言い切る前に、押し寄せる人の流れに車内へと押し込まれた。黒澤が先に入り、新菜の背後に立った。逃げ場を失い、ドアに押し付けられる。
「……大丈夫?」
「……なんとか」
小声で言葉を交わす。電車がカーブに差し掛かると、新菜のほうへ重心が傾き、人波が押し寄せてきた。弾みで背中に黒澤の胸板が当たった。
「ごめん」
黒澤の声が耳元で響いた。そっと視線で黒澤を窺うと新菜の目の前のドアに手を突き、人の重みから新菜を庇うように堪えていた。すらりと伸びる指に思わず見惚れた瞬間——。
(あっ……)
車両がガタンと揺れ、足元が浮いた。バランスを崩した新菜の腰を、黒澤の腕が迷いなく抱きとめた。
「大丈夫?」
「はっ、はい」
黒澤と至近距離で目が合う。ドアと彼の身体に挟まれ、整った顔が新菜のすぐ耳の横にある。呼吸も感じるくらいの近さ……。ほのかに香るシトラスと密着した体温のせいで、新菜は腰から力が抜けそうになるのを必死で耐えた。
「……悪い。さっきは驚かせて」
「……いえ、ありがとうございます」
二年ぶりの再会の朝。
出社すると、再会の余韻に浸る間もなく怒涛の時間が始まった——。