オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される
第62話 鉄槌が下る日
「ねえ、神尾さん。今日の夜、新しくオープンしたフレンチのプレオープンに招待されているの。一緒に行きましょう?」
週が明けた木曜日の午後。
常務室がある役員フロアに、再び西園寺麗香の高飛車な声が響き渡った。
麗香は当然のように蓮の腕に自分の胸を押し付け、上目遣いで甘い声を出す。周囲の社員たちは関わり合いを避けるように視線を逸らしていた。
常務への報告資料を手に、その光景を冷ややかな目で見つめる真白。
普段なら完璧な「秘書の鏡」として完全にポーカーフェイスを維持するところだが、やはり目の前で自分の愛する男がベタベタと触られているのを見るのは、精神衛生上この上なくよろしくない。
(……ベタベタ触るな、って言ってるのに。それに神尾さんも、ちょっとは強引に振り払えばいいのに……!)
真白は書類を抱える手に思わず力が入り、眉間に微かな皺を寄せながら、無意識に唇を尖らせた。
その真白の「ぷんぷんモード」を、蓮は見逃さなかった。
(――っ、真白! ごめん、違うんだ、俺は今すぐこの泥棒猫を剥ぎ取りたい、だけど取引先の立場が……っ!)
蓮の灰色の瞳が、悲痛なまでの弁解と、真白の嫉妬に対する狂おしいほどの愛おしさで激しく揺れ動く。
麗香の手元をすり抜けるようにして、蓮は一歩身を引いた。
「西園寺様、大変申し訳ありませんが、今夜は急ぎの役員会議が入っておりまして、ご一緒することはできません」
「役員会議? そんなの、私がお父様に言って日程をズラさせればいいじゃない。このプロジェクトの主導権を握っているのは、うちのグループなのよ?」
麗香は思い通りにならない蓮に苛立ったように、ヒールの音を高く響かせて胸を張った。
「だいたい、この会社の社員はみんな態度が生意気なのよ。特に、さっきからあそこに突っ立っている秘書。何よ、その偉そうな目は。あなた、神尾さんに色目でも使っているんじゃないの?」
麗香の矛先が、突然真白へと向けられた。
フロアに緊張が走る。
真白はすっと表情を消し、完璧なお辞儀をして見せた。
「滅相もございません、西園寺様。私は常務秘書として、常務の指示に従いこちらに控えているのみでございます」
「口答えする気? あなたみたいな地味な秘書、お父様に一言言えば、明日からでもこの会社にいられなくしてあげるんだから!」
「……西園寺様。彼女は関係ありません」
蓮の、いつものビジネス用の声音から完全に「温度」が消えた。
底冷えするような冷徹な灰色の瞳が、麗香を射抜く。
しかし、自身の「お父様の権力」を盲信している麗香は、蓮のその変化にすら気づかず、さらに声を張り上げた。
「関係あるわよ! 私に盾突くような社員は、全員クビに――」
「――麗香。お前は一体、我が西園寺グループの代表として、ここで何をしているんだ?」
突如、フロアの入り口から、低く地を這うような威厳に満ちた声が響き渡った。
麗香が凍りついたように振り返る。
そこに立っていたのは、高級な仕立てのスーツに身を包んだ、西園寺グループのトップ――西園寺会長その人だった。
その後ろには、静かに頭を下げる常務、そして水面下で直訴の準備を整えた聖良と佐伯が、勝利を確信した不敵な笑みを浮かべて控えている。
「お、お父様……!? どうしてここに……」
麗香の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「常務から、緊急で確認したい重要な資料があると呼ばれて来てみれば……まさか、我が娘が、他社の中でこれほど恥知らずな暴挙を働いているとは夢にも思わなかったぞ」
会長の手に握られていたのは、蓮たちが極秘裏にまとめた、麗香の「権限乱用」「脅迫まがいのメッセージ」「勝手な資金移動の未遂」がすべて記録されたファイルだった。
「お父様、これは違うの! 私はただ、プロジェクトを円滑に進めるために――」
「黙れ!」
地響きのような一喝がフロアを震わせた。麗香はビクッと肩を震わせ、言葉を失う。
「西園寺の名を騙り、他社の有能な社員を脅迫し、私物化しようとするなど、我が一族の恥晒しだ。お前をこのプロジェクトのメンバーから今すぐ除名する。それだけでなく、今日限りでお前のすべてのカードと権限を凍結し、本国へ送り返して再教育を施す!」
「そんな……! お父様、お願い、嘘でしょう!?」
「言い訳は聞かん。警備の者、この者を連れて行け!」
会長の容赦ない鉄槌により、麗香は涙を流しながら、警備員に抱えられるようにしてフロアから強制退場させられた。
麗香の金切り声がエレベーターの向こうへ消えていくと、フロアには静寂が戻った。
西園寺会長は、深く息を吐き出すと、蓮と真白、そして常務に向かって深々と頭を下げた。
「神尾課長、そして乾さん。我が娘が、お二人の公私に渡る業務を著しく妨害したこと、そして多大なる無礼を働いたこと、グループを代表して心より謝罪いたします」
「滅相もございません、西園寺会長。無事に誤解が解け、我々も安心いたしました」
蓮は完璧な大人の対応でそれを受け、事態はここに完全なる解決を迎えたのだった。
その日の夜。
他社の役員たちを見送り、フロアの電気がほとんど消えかけたオフィス。
「――お疲れ様、真白」
誰もいない常務室の前で、蓮が真白の肩にそっと自分のジャケットを羽織らせた。
真白は驚いて振り返る。
「蓮さん……。まだ、他の人が残っているかもしれません」
「大丈夫、佐伯が下で見張っててくれてる」
蓮は真白の細い腰に腕を回すと、そのまま壁際へと彼女を優しく追い詰め、その胸に額を預けてふぅ、と深い安堵の息を吐きだした。
「本当に……怖かった。真白が他のお嬢様にベタベタされて、俺を嫌いになっちゃったらどうしようって、毎日生きた心地がしなかったんだから」
「そんなこと、するわけないじゃないですか」
真白はくすくすと笑い、蓮の広い背中にそっと手を回した。
「でもね、蓮さん。私、今回で初めて分かりました。……大切な人が、他の人にベタベタ触られているのを見るのって、あんなに胸がギュッとして、イライラするものなんですね」
真白が少しだけ恥ずかしそうに白状すると、蓮は驚いたように顔を上げ、それからたまらなくなったように真白の頬を両手で包み込んだ。
「……じゃあ、真白。俺に、たくさん嫉妬してくれたの?」
「はい。すごくぷんぷんでした。あのお嬢様をシュレッダーにかけたいくらいには」
「っ……あぁ、本当に可愛い……!」
蓮は真白の唇に、甘く、深く、とろけるようなキスを落とした。
邪魔者はすべて消え去り、二人の絆は、オフィスの中でも誰にも壊せない確固たるものへと変わっていた。
「今夜は、俺の部屋で……昨日よりたくさん、真白の嫉妬の上書き、させてね?」
耳元で低く囁かれ、真白はただ、彼の広い胸に顔を埋めることしかできなかった。
週が明けた木曜日の午後。
常務室がある役員フロアに、再び西園寺麗香の高飛車な声が響き渡った。
麗香は当然のように蓮の腕に自分の胸を押し付け、上目遣いで甘い声を出す。周囲の社員たちは関わり合いを避けるように視線を逸らしていた。
常務への報告資料を手に、その光景を冷ややかな目で見つめる真白。
普段なら完璧な「秘書の鏡」として完全にポーカーフェイスを維持するところだが、やはり目の前で自分の愛する男がベタベタと触られているのを見るのは、精神衛生上この上なくよろしくない。
(……ベタベタ触るな、って言ってるのに。それに神尾さんも、ちょっとは強引に振り払えばいいのに……!)
真白は書類を抱える手に思わず力が入り、眉間に微かな皺を寄せながら、無意識に唇を尖らせた。
その真白の「ぷんぷんモード」を、蓮は見逃さなかった。
(――っ、真白! ごめん、違うんだ、俺は今すぐこの泥棒猫を剥ぎ取りたい、だけど取引先の立場が……っ!)
蓮の灰色の瞳が、悲痛なまでの弁解と、真白の嫉妬に対する狂おしいほどの愛おしさで激しく揺れ動く。
麗香の手元をすり抜けるようにして、蓮は一歩身を引いた。
「西園寺様、大変申し訳ありませんが、今夜は急ぎの役員会議が入っておりまして、ご一緒することはできません」
「役員会議? そんなの、私がお父様に言って日程をズラさせればいいじゃない。このプロジェクトの主導権を握っているのは、うちのグループなのよ?」
麗香は思い通りにならない蓮に苛立ったように、ヒールの音を高く響かせて胸を張った。
「だいたい、この会社の社員はみんな態度が生意気なのよ。特に、さっきからあそこに突っ立っている秘書。何よ、その偉そうな目は。あなた、神尾さんに色目でも使っているんじゃないの?」
麗香の矛先が、突然真白へと向けられた。
フロアに緊張が走る。
真白はすっと表情を消し、完璧なお辞儀をして見せた。
「滅相もございません、西園寺様。私は常務秘書として、常務の指示に従いこちらに控えているのみでございます」
「口答えする気? あなたみたいな地味な秘書、お父様に一言言えば、明日からでもこの会社にいられなくしてあげるんだから!」
「……西園寺様。彼女は関係ありません」
蓮の、いつものビジネス用の声音から完全に「温度」が消えた。
底冷えするような冷徹な灰色の瞳が、麗香を射抜く。
しかし、自身の「お父様の権力」を盲信している麗香は、蓮のその変化にすら気づかず、さらに声を張り上げた。
「関係あるわよ! 私に盾突くような社員は、全員クビに――」
「――麗香。お前は一体、我が西園寺グループの代表として、ここで何をしているんだ?」
突如、フロアの入り口から、低く地を這うような威厳に満ちた声が響き渡った。
麗香が凍りついたように振り返る。
そこに立っていたのは、高級な仕立てのスーツに身を包んだ、西園寺グループのトップ――西園寺会長その人だった。
その後ろには、静かに頭を下げる常務、そして水面下で直訴の準備を整えた聖良と佐伯が、勝利を確信した不敵な笑みを浮かべて控えている。
「お、お父様……!? どうしてここに……」
麗香の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「常務から、緊急で確認したい重要な資料があると呼ばれて来てみれば……まさか、我が娘が、他社の中でこれほど恥知らずな暴挙を働いているとは夢にも思わなかったぞ」
会長の手に握られていたのは、蓮たちが極秘裏にまとめた、麗香の「権限乱用」「脅迫まがいのメッセージ」「勝手な資金移動の未遂」がすべて記録されたファイルだった。
「お父様、これは違うの! 私はただ、プロジェクトを円滑に進めるために――」
「黙れ!」
地響きのような一喝がフロアを震わせた。麗香はビクッと肩を震わせ、言葉を失う。
「西園寺の名を騙り、他社の有能な社員を脅迫し、私物化しようとするなど、我が一族の恥晒しだ。お前をこのプロジェクトのメンバーから今すぐ除名する。それだけでなく、今日限りでお前のすべてのカードと権限を凍結し、本国へ送り返して再教育を施す!」
「そんな……! お父様、お願い、嘘でしょう!?」
「言い訳は聞かん。警備の者、この者を連れて行け!」
会長の容赦ない鉄槌により、麗香は涙を流しながら、警備員に抱えられるようにしてフロアから強制退場させられた。
麗香の金切り声がエレベーターの向こうへ消えていくと、フロアには静寂が戻った。
西園寺会長は、深く息を吐き出すと、蓮と真白、そして常務に向かって深々と頭を下げた。
「神尾課長、そして乾さん。我が娘が、お二人の公私に渡る業務を著しく妨害したこと、そして多大なる無礼を働いたこと、グループを代表して心より謝罪いたします」
「滅相もございません、西園寺会長。無事に誤解が解け、我々も安心いたしました」
蓮は完璧な大人の対応でそれを受け、事態はここに完全なる解決を迎えたのだった。
その日の夜。
他社の役員たちを見送り、フロアの電気がほとんど消えかけたオフィス。
「――お疲れ様、真白」
誰もいない常務室の前で、蓮が真白の肩にそっと自分のジャケットを羽織らせた。
真白は驚いて振り返る。
「蓮さん……。まだ、他の人が残っているかもしれません」
「大丈夫、佐伯が下で見張っててくれてる」
蓮は真白の細い腰に腕を回すと、そのまま壁際へと彼女を優しく追い詰め、その胸に額を預けてふぅ、と深い安堵の息を吐きだした。
「本当に……怖かった。真白が他のお嬢様にベタベタされて、俺を嫌いになっちゃったらどうしようって、毎日生きた心地がしなかったんだから」
「そんなこと、するわけないじゃないですか」
真白はくすくすと笑い、蓮の広い背中にそっと手を回した。
「でもね、蓮さん。私、今回で初めて分かりました。……大切な人が、他の人にベタベタ触られているのを見るのって、あんなに胸がギュッとして、イライラするものなんですね」
真白が少しだけ恥ずかしそうに白状すると、蓮は驚いたように顔を上げ、それからたまらなくなったように真白の頬を両手で包み込んだ。
「……じゃあ、真白。俺に、たくさん嫉妬してくれたの?」
「はい。すごくぷんぷんでした。あのお嬢様をシュレッダーにかけたいくらいには」
「っ……あぁ、本当に可愛い……!」
蓮は真白の唇に、甘く、深く、とろけるようなキスを落とした。
邪魔者はすべて消え去り、二人の絆は、オフィスの中でも誰にも壊せない確固たるものへと変わっていた。
「今夜は、俺の部屋で……昨日よりたくさん、真白の嫉妬の上書き、させてね?」
耳元で低く囁かれ、真白はただ、彼の広い胸に顔を埋めることしかできなかった。


