奇跡を起こすソーダ水
Chapter14 幸人にとっての家族
2026年12月14日、正午。氷川正信が所有する城塞、『氷華殿』。姫路城と同じくらいの大きさを誇る城の中に、氷川正信の他、神代怜士、クロエ、ハンマーが天守閣にいた。その下には正信が雇っている凄腕の護衛たち。200人はいると思われる。
ダッダッダッ……!
「大変です正信様!例の3人組が近づいてきています……!」
「とうとう来たか……!クロエ!アラクネの奴らを可能な限り回せ!神代とハンマーは私を護るんだ!」
同時刻。氷川幸人と氷川凪の兄妹、そしてもう一人の幸人である鏡幸人が氷華殿を目の前に、これから強大な敵と戦う決心を固めている。
「私ったらただアイドルをやっていただけなのに、こんな大事に首を突っ込むことになるなんてね?」
「俺もだ……千尋さんを守りたかっただけなのに、こんなデッカイ戦いに挑むなんてな……」
「僕は19のときの人質救出作戦以来ね。ここじゃ僕が一番先輩よ?」
「頼りにしてるわ。私に戦い方を教えてくれたのはお兄ちゃんだしね……」
だが今回の戦いでは、凪は最強武器であるフリーズエレメントを持っていない。幸人が持っているソーダ水は戦闘には向かない。飲ませることができなければ意味がない。
「凪ちゃんに鏡君、準備はできたかしら?」
「大丈夫よ。脚ももう治ったし」
「俺もバッチリだ。鍛えた甲斐を見せてやるか……」
コツ……コツ……
3つのブーツの足音がゆっくりと氷華殿に向かっていく。すると——
「おい奴らが来たぞ!」
「あのガキともう一人大男がいるぞ!」
幸人は白いコートで、凪は白いダウンジャケット。鏡は黒のフード付きジャケット。白と黒の怪物が向かってきているようだった。突撃に備えるため護衛たちは銃を抜く。そんなものを向けられた程度でビビリもしない。
「行くわよ凪ちゃん、鏡君!」
「行くわよ……」
「行くぜ……」
「うん!ヤァー……!」
ドッドッドッ……!
「撃てぇ……!」
バンバンバーン……!
幸人と凪は持ち前のスピードから繰り出すスピンで銃弾を躱し、鏡は野球のスライディングで銃弾を躱す。当然銃を撃ちまくっていれば弾は減り、切れたらリロードをしなければならない。同じ銃を使っていれば、弾切れになるタイミングはほぼ同時。
カチャ……カチャ……
「お前らそれでも護衛かよ?オラ……!」
ドスッ……!
腕が上がらなくなるまで腕立て伏せと懸垂。脚を極限までスクワットで追い込んだ鏡のパワーはすさまじいものだった。もはや鍛え抜かれた肉体そのものが凶器だ。
「エイッ……!」
フリーズエレメントなんかなくても、凪は人の骨すら簡単にへし折ってしまう技術を持っている。そしてリロードを終えた護衛の首を180度にへし折り、銃を手際良く奪い取る。
「今日は投げキッスじゃなくて鉛玉……」
バンバンバーン……!
凪の精密射撃は護衛の脳天を次々と撃ち抜いていった。
「行くわよ……」
幸人の戦闘スタイルである零度。敵の攻撃を受け流して利用してしまう。護衛は攻撃しているはずが、いつの間にか武器にされ、気づいたら殺されている。幸人と凪は躊躇せず命を奪い続けているが、鏡は一貫して命を奪ったりしない。迫りくる敵を倒し続け、やがて氷華殿に足を踏み入れる。
ギュウィーン……!
「アラクネ!?」
入口には人体すら簡単に切断するワイヤーを持ったアラクネの構成員が10人以上待っていた。正信を護るために仕向けられた、おそらく総出だろう。ここで邪魔をされたら正信が逃げてしまうかもしれない。このままじゃ……
「凪ちゃんは先に行きなさい!」
「ここは俺たちで食い止める。早く行くんだ!」
「そんな!?私もやるわ!こいつらは玲奈ちゃんを殺した連中よ……」
「おそらく上にクロエがいるはずよ……それに僕なんかより、凪ちゃんの方が奴には怒っているでしょ?逃さないためにもお願い!」
「うぅ……わかったわ!お兄ちゃんも鏡さんも死なないでね!」
ダッダッダッ……!
「さあいいかしら?幸人君……」
「いきなり名前か?ややこしいな……」
「いいじゃない?2人の幸人ってことで。さっさと倒して凪ちゃんを追うわよ」
「いいぜ……」
「ここから逃げられるか!?」
正信は天守閣からロープで逃げようとしている。だが現役から離れた体力では、若い凪が追いかけるスピードに逃げられるはずもない。
「あらお父さん?どこに行くつもりかしら?」
「何……!貴様……凪!?」
ギュウィ……バーン……!
クロエのワイヤー攻撃より、凪の攻撃の方が疾かった。だがあくまでクロエには当てない。ワイヤーを持つ手スレスレの位置だ。
「お父さんには色々聞かなきゃいけないことがあるから、邪魔しないでくれるかな?」
「何を知りたいんだ?まあ、知ったところでお前は死ぬだけだがな……」
確かに目の前には神代怜士、クロエ、ハンマーが臨戦態勢だ。神代は至って冷静な面持ちだが、クロエは凪を殺せなかった悔しさから歯ぎしりを鳴らす。
「どうしてホワイトアスターの子を殺したの……?どうしてスポーツ関係者を殺した……!?一昨日殺された村西天君はまだ10歳だった……それだけじゃなく、天君のお母さんの命まで奪った……!」
娘の口から語られる悪行の数々。果たして奴は何を語るのだろうか?
「私はな、弱いスポーツチームとかガキが昔から大嫌いだったんだよ!アイドルは歌うだけでちやほやされる……野球選手がどれだけ身体に鞭打って練習していると思ってんだ!?」
奴の言い分はこうだ。自分は幼少期から野球に打ち込み、高校時代には甲子園の出場を果たした。それでもプロ野球選手になるための壁は高かった。努力に努力を重ね、夢を叶えられたことは非常に微笑ましいことだ。
「弱い奴らなんか目障りなんだよ……だから私は最強のチームを作るためにな、お前のフリーズエレメントのようなナイフを作ったんだ」
「ナイフを作ったことと、最強のチームの何が関係あるの?」
「お前も見ただろ?血が沸騰するのを。あれには毒が塗られているんだが、あの毒に抗体を持つ人間が……一定数いるんだ……」
「まさか……抗体を持つ人間をかき集めるための殺しだったってこと……!?」
「そうだ……!まあ思ったより少なかったから、結局は弱い奴が多かった……」
血液を沸騰させる特殊な毒、『クライオ』をただナイフに塗るだけの作りだが、奴にとって優秀な人間を選出するには必要だった。北海道で高校野球の球児を殺し回ったネクロスもクライオに抗体を持った野球選手だった。抗体があることがわかると、とことんその選手を洗脳し、自分に従える駒にしていたのだ。
「許さない……!」
ガシッ……!
「ぐぐ……!」
凪は怒りのあまり銃を向けるが、クロエがそれを阻止しようと彼女の首を絞める。強く絞められて意識を失いそうになる中——
バーン……!
照準がズレた弾丸は正信の背後にある壁の装飾パネルに命中した。
バサッ……
すると装飾パネルが落ちた。だがその中には——
「……!?何よこれ……剥製……!?」
何とそこに入っていたのは、千尋と一緒に最後まで残っていたAurora Kissのメンバー、松井 詩奈と宇佐美 真奈の剥製死体だった!2011年9月12日に行われたライブで千尋が倒れ、それ以降の行方がわからなくなったと聞いていた。まさか剥製にされていたなんて……!
「どこまでも悪趣味ね……!もう……」
「許さないんだし!」
ドーン……!
「ぐわっ……!?」
突然後ろから人が飛んできて正信に命中した。アラクネの一人だ。投げたのは一体誰だ?
「遅くなって悪かったわね!下にいた連中は全員倒したわ」
「面倒くさかったぜ……」
鏡幸人もいる。多少の傷は負っているが、まだまだ動けそうだ。
「やっぱりいたのね?神代怜士さん?」
「約束は守りますよ。来てくれるなんて嬉しいです……」
幸人は神代の顔を見ると微笑んだ。神代もメインディッシュが現れて嬉しそうだ。そして鏡はハンマーを見ると——
「ウウウ……」
「やっと会えたな……俺のパワーとお前の馬鹿力、どっちが強いかリベンジしようぜ?」
これで役者は揃った。正信を狙う3人と、正信を護る3人。幸人が口を開く。
「じゃあ……誰が誰と戦いたいか、今決めよっか?」
彼の声を聞いた凪と鏡はそれぞれの方向へ歩く。凪はクロエ、鏡はハンマー、そして幸人は神代怜士だ。
「やっぱり、呼びやすい方で呼ばせてもらうわね?パパ……」
「そう呼ぶんじゃねえ……!お前はいっつもいっつも気持ち悪くて仕方ないんだ……!」
「パパが今まで殺してきた理由ってさ、どこまでも僕を見下して、バカにしているからよね?」
「……?お兄ちゃん、それはどういう……?」
クロエと向かい合っていた凪が振り返る。
「パパはね、僕が女の子っぽくなったトラウマから、自分にとって弱い人間を見るのがとことん嫌になったのよ。僕みたいな人間を一方的に憎み、身勝手に人を殺した……そうよね?ま……今日は逆になりそうだけどね?」
「ハハハハハ……!これは面白い展開になりましたね!ですが私を忘れてもらっちゃ困りますね?」
「そういえばそうよね?僕はさっさと終わらせてごはん食べたいし……」
再び見つめ合う幸人と神代。その隙に正信はロープを使って逃げようとする。しかし——
バーン……!
「神代……お前何するんだ!?」
何と神代はロープを撃って脱出手段を絶った。
「せっかくの機会ですからね、息子さんの戦いでも観ましょうよ?観戦することも、一つのプロ意識というものではありませんか?」
そう。神代も正信を逃がすつもりがないようだ。もし天守閣の出口に向かおうものなら、幸人か神代が確実に妨害をする。これで氷川幸人と神代怜士の決戦場は天守閣に決まった。そして——
「付いてきなさい……」
凪はクロエの誘導で階段を降り、辿り着いた場所は渡櫓。鏡はハンマーを誘導し、正々堂々の殴り合いの場として本丸の中庭を選んだ。
13時過ぎ。氷華殿、本丸の中庭ではジャケットを着た鏡幸人と、タンクトップのハンマーが拳を強く握って向かい合っている。ハンマーは自我を持っていないのか、まともな言葉を発しない。
「ウゥゥ……!」
「早く俺を殺したいか?心配すんな……俺も早く終わらせたい、てか終わらせてやるわ……」
「ウゥゥ……アァァ……!」
ハンマーは彼の挑発に乗っている。
「アァァ……!」
ドッドッドッ……!
まるで地響きを感じるくらいのダッシュ。ヒグマが突進してくるようだった。悔しいがこんな攻撃はガードできない!
「フゥッ……!」
こんなのを喰らったら車に轢かれるのと同じ衝撃だ。それに奴に捕まったら一巻の終わり。絞め潰されて血のジュースになるか、叩きつけられてハンバーグになる運命しか見えない。
「チィ……!(このまま殴り合いの泥仕合は通用しない。弱点はないのか……!?)」
攻撃のリーチが長い上、中庭の石でバランスを崩しやすい。
ブン……!
だが唯一突破口を開けるかもしれない方法が一つだけ思いついた。それは大振りすぎる攻撃だ。大振り……
「……!そうか……」
彼はあることを思い出していた。澪は某ヤクザゲームが好きで、休みの日はテレビを独占されていること。やはり必然的にプレイを観ていた。ゲームでは主人公の動きは決まっている。
「(攻撃を受ける直前のカウンター……怯んだら背後に回り込む……あとは確か、フィニッシュブロウってやつか……?)」
彼は一か八かで賭けに出ることを決めた。果たして通用するのか?
「ウゥゥ……!」
ハンマーの突進……彼は落ち着いて心臓部に狙いを定める。
「ドラー……!」
ドーン……!
「グゥゥ……!」
ハンマーの心臓に、名付けて『バリスタ落とし』が命中。限界まで鍛え上げたパワーは内臓にも響いている。怯んだ隙に背後へ回り込み、ゲームで観たコンボをそのままマネて喰らわせる。
ドスッ……ドスッ……ドゴン……!
「何とか効いてる……!」
だが連撃を喰らわせるばかりでは勝機は見えてこない。
ブーン……!ゴシャ……!
「ギィィ……!」
当然の如く反撃を喰らってしまう。連撃でやっとダメージを与えられたのに対し、たった一撃でそれ以上のダメージを負ってしまう。やはり一撃で大ダメージを与えられる攻撃でなければダメだ。
「ウゥゥ……!」
ドッドッドッ……!
だが奴の行動パターンは、もう見切った……!
「ハッ……!」
何とハンマーの頭に手をつき、そのまま跳び箱を乗り越えるように回避。再び背後に回ることに成功し、空振りをした奴は体勢を大きく崩した。
「これでも受けてみろ!」
パーン……!
彼は両手の平手で奴の両耳に強烈な一撃を叩いた!この一撃で聴力を奪い、大きく怯んだチャンスを彼は逃さない。
「ソラー……!」
そして彼のサイスシュートがハンマーの胸にめり込んだ!大きく膝をついたが、まだ倒れていない。しかし——
「ウゥゥ……!ガァァ……!」
「……!?何が起きている……?」
突然ハンマーが咆哮のような叫び声を上げる。そのまま仰向けに倒れ込むようにして、目を開けたまま動かなくなった。
「おい……!?」
彼は恐る恐る首に触れて確認をする。
「死んでる……一体何が……?」
ハンマーを含むブラック・アンヴィルのメンバーたちは、強い効果を持つ身体強化薬『タイタン-X』を服用している。強大な力を獲得する一方、服用すると寿命を急激に縮めてしまう。奴は鏡幸人との戦いで死んだのではなく、タイタン-Xによって寿命が尽きたのである。
その頃、氷川凪とクロエは渡櫓という狭い場所で戦おうとしている。クロエは切断用のワイヤーを全身の至る箇所に隠し持っている。一つの武器を封じたところで意味はない。
「クロエ……あなただけは許さない……玲奈ちゃんはまだ19歳でこれからだってときに、命だけじゃなく夢まで切り裂いた……」
「そう……なら簡単に切れちゃうほどの弱い命で、ちっぽけな夢だったってことよ」
「あっそう?じゃああなたがこのワイヤーで切れたら、あなたの方が弱いってことでいいかしら?」
「そう言っていられるのも今の内よ……フッ……!」
ギュウィーン……!
1本のワイヤーが壁に突き刺さる。本来ならクロエの方に戻ってくるはずだった。しかし——
カチッ……ギュウィーン……!
何とワイヤーは複数の箇所に分散し、渡櫓を瞬く間にワイヤーが張り巡らされた地と化す。
「これであんたはまともに動けないわね!」
吹き飛ばされてワイヤーを通過してしまったらサイコロステーキだ。渡櫓の半分の範囲でワイヤー地獄では戦い辛いどころではない。さらに——
スッ……
残像なのか実像なのか、視認できないくらいのスピード。だが凪の目は誤魔化せなかった。今のクロエは回転しているだけに過ぎない。
フラッ……
「回る回る吐きそう〜なクロエ」
ドスッ……!
「グブゥ……!」
「今にも吐きそうな目ね?でもかけられたら困るから……」
そう。クロエはプロの戦闘者にも関わらず、凪の周りを回転して目が回ったのだ。奇襲殺法なら通用するかもしれないが、冷静な彼女の前では通用しない。
「あなたの命は強いかしら……!?」
ドゴン……!
「ブォー……!?」
凪の前蹴りがクロエの顔面に命中。たった一撃でクロエの鼻は折れ、顔面から砕けた音が鳴り響く。アイドルとして鍛え抜いた脚の威力はすさまじく、そのまま後方に飛ばされた。そして——
スパッ……!
「……」
クロエは自分が仕掛けたワイヤーを通過してしまった。やがて——
ボトン……ボトボト……!
クロエの肉体は溶けた雪だるまのように崩れ落ちた。
「あ〜あ?大きい口叩いておきながら、最後は崩れちゃったわね?でもこんなステーキは食べたくないわ……」
クロエの血が床を真っ黒に染める。
「円香ちゃん、玲奈ちゃんの仇は取ったわ……あとはお兄ちゃんがどう締めくくるかね……ペッ……!」
本当はやりたくなかったが、彼女は初めて死体に唾を吐いた。どれほどの怒りを抱えているのかが、この行動に表れている。
プシュ……ゴクゴク……
血の海を前にソーダ水を飲むのは趣味ではないが、今日だけは不思議とそんな気分だった。戦いを終えた凪は、ゆっくりとソーダ水を飲んだ。
そして、天守閣では氷川幸人と神代怜士が見つめ合い、その姿を氷川正信が震えながら眺めていた。
「下の連中程度でへばったりしていませんね?」
「もちろん。むしろ熟成したんじゃないかしら?」
「神代!くだらないこと言ってないで早くぶっ殺しちまえ……!」
「そうね……寒くなる前に早いとこやっちゃいましょっか?」
「氷川幸人さん……美味しそうなその強さ、私にください……!」
神代はサプリメントを一気飲みすると、眼鏡の位置を直してナイフを二刀流に構える。幸人は武器を持っていないが、もう一つの戦闘スタイルの氷結を構える。プロの殺し屋と元暗殺者がぶつかり合う究極のバトル。
シュッ……!
神代のナイフ捌きは確かにすさまじい。だが氷結は空手に柔道、合気道など日本の武術を混ぜた戦闘スタイルだ。
ガシッ……!
神代の両腕を掴み、そのまま捻って背負い投げを決める!だが——
「甘いですね……」
「ヌゥ……!」
神代の体幹が強すぎて投げられない!さすがはエクリプスの総帥。だが幸人にはもう一つ力を隠し持っている。正確に言えば彼の心に秘めた力、ヒーローで言う最終形態のようなものだ。その名は、『スパークリングヒート』!
「フゥ……」
「ほう……すさまじい殺気ですね?」
スパークリングヒートを発動している時間はあらゆるダメージを半減し、コンボ数が多くなり、そして攻撃が強力になる。
「美味しそうです……!」
スパッ……スパッ……!
神代のナイフが彼の胸を掠る。だが——
「僕の番……」
次のナイフ攻撃をガードすると、ほっと一息吐いて——
「プッ……!」
彼は勢い良く唾を神代の眼鏡に吐き、唾が付着したことで視界が霞む。
ドスッ……!
「ウゥ……!?」
彼の張り手で眼鏡が割れる。あえて張り手を選んだ理由は、相撲の世界における張り手は高威力。そして——
ドスッ……ドスッ……!
スパークリングヒートを発動した氷結から逃れられる術はない。神代は幸人の攻撃から逃れられず、やがてナイフを奪われる。
スパッ……スパッ……!
ナイフで絶え間なく攻撃をしているが、なぜか血が出ていない。一体何を切っているのだ?その答えは——
ビリッ……ビリビリ……!
何と彼は神代の自慢のスーツを切り裂き、パンツ1枚の姿にしたのだった!
「これはマフラーを切ったお返しよ……でも綺麗な身体じゃない?お金くれるなら相手してあげてもいいけど?」
「フフフフ……やっぱり正信様から聞いた通りでしたよ!最高です……もうお腹いっぱいで入りません……!」
「それはよかったわね?僕はお腹空いちゃったけど?」
「神代……お前何言ってんだ……!?さっさと気持ち悪いこいつを殺せ!」
「すみません正信様!お腹いっぱいになったのでもうあなたは用済みです……プロ意識持っているなら、息子さんと向き合って……みては?フフフフフ……!」
神代はパンツ1枚のまま、天守閣から去っていった。狂った思想を持つ殺し屋であったが、最後は幸人の強さに感動したことで正信は用なしになった。
「ひぃぃ……!」
「お待たせパパ……僕とお楽しみタイム……やる?」
「来るな……!やめろ……!」
「……」
「うわぁ〜……!」
「やめろ……!離せ……!寒い……」
正信は下着姿にされたまま、幸人に天守閣から引っ張り出されていた。何をするつもりなのだろうか?
「幸人……きさ……」
ドスッ……!
「今さら名前で呼ばないでよね……吐き気がするわ……」
「貴様……こんなことして……ただで済むと思うなよ……?」
「どの口が言うのかしら?」
ボキ……!
「あぎゃぁ……!」
「フンッ……!」
ボキィ……!
正信は気持ち悪いとバカにし続けた息子に骨を折られ続ける。
「耳なんていらないわね?」
ブチィ……!
素手で両耳を引き千切られる痛みは想像を絶する。
「貴様は沢山許されないことをした。僕の友だちを殺し、ママの仲間を剥製にし、そして……夢ある人たちを食い物にした……!」
「悪かった……!今までのことは全部謝る……!ちゃんと自首するから……!」
「あっそう……?反省しているならこのおにぎりあげる……確か、昔天むすが好きって言っていたのを思い出して……作ってみたの」
「ありがとう……さすが私の息子だ……!覚えていてくれたんだな……!?」
正信は何の疑いもなくにぎり飯に食らいつく。
「フフフ……」
「痛ぇ……!?何なんだこれ……!?」
そう。にぎり飯の中にはカミソリの刃を仕込んでいたのだ。これはあのときの意趣返し。それが15年越しに自分に返ってきたというわけだ。
「自首して僕のこと話されたら都合悪いのよ……やっぱり死んでもらわないとね……じゃあ次は石を投げてあげるから、僕のピッチングに付き合ってほしいな?」
「やめろ……頼むからやめてくれ……!」
「うぅ〜ん……やだ……」
そうして氷川正信は数時間石を投げつけられ、大量出血と凍傷により、この世から消え去った。ようやく成し遂げた復讐。こんなことは母は褒めないし、喜ばないだろう。
「ごめんねママ……こんな息子に、育っちゃって……!」
彼は喜びの中に混じる寂しさと哀しみに耐えられず、その場で泣き崩れるのだった。
ダッダッダッ……!
「大変です正信様!例の3人組が近づいてきています……!」
「とうとう来たか……!クロエ!アラクネの奴らを可能な限り回せ!神代とハンマーは私を護るんだ!」
同時刻。氷川幸人と氷川凪の兄妹、そしてもう一人の幸人である鏡幸人が氷華殿を目の前に、これから強大な敵と戦う決心を固めている。
「私ったらただアイドルをやっていただけなのに、こんな大事に首を突っ込むことになるなんてね?」
「俺もだ……千尋さんを守りたかっただけなのに、こんなデッカイ戦いに挑むなんてな……」
「僕は19のときの人質救出作戦以来ね。ここじゃ僕が一番先輩よ?」
「頼りにしてるわ。私に戦い方を教えてくれたのはお兄ちゃんだしね……」
だが今回の戦いでは、凪は最強武器であるフリーズエレメントを持っていない。幸人が持っているソーダ水は戦闘には向かない。飲ませることができなければ意味がない。
「凪ちゃんに鏡君、準備はできたかしら?」
「大丈夫よ。脚ももう治ったし」
「俺もバッチリだ。鍛えた甲斐を見せてやるか……」
コツ……コツ……
3つのブーツの足音がゆっくりと氷華殿に向かっていく。すると——
「おい奴らが来たぞ!」
「あのガキともう一人大男がいるぞ!」
幸人は白いコートで、凪は白いダウンジャケット。鏡は黒のフード付きジャケット。白と黒の怪物が向かってきているようだった。突撃に備えるため護衛たちは銃を抜く。そんなものを向けられた程度でビビリもしない。
「行くわよ凪ちゃん、鏡君!」
「行くわよ……」
「行くぜ……」
「うん!ヤァー……!」
ドッドッドッ……!
「撃てぇ……!」
バンバンバーン……!
幸人と凪は持ち前のスピードから繰り出すスピンで銃弾を躱し、鏡は野球のスライディングで銃弾を躱す。当然銃を撃ちまくっていれば弾は減り、切れたらリロードをしなければならない。同じ銃を使っていれば、弾切れになるタイミングはほぼ同時。
カチャ……カチャ……
「お前らそれでも護衛かよ?オラ……!」
ドスッ……!
腕が上がらなくなるまで腕立て伏せと懸垂。脚を極限までスクワットで追い込んだ鏡のパワーはすさまじいものだった。もはや鍛え抜かれた肉体そのものが凶器だ。
「エイッ……!」
フリーズエレメントなんかなくても、凪は人の骨すら簡単にへし折ってしまう技術を持っている。そしてリロードを終えた護衛の首を180度にへし折り、銃を手際良く奪い取る。
「今日は投げキッスじゃなくて鉛玉……」
バンバンバーン……!
凪の精密射撃は護衛の脳天を次々と撃ち抜いていった。
「行くわよ……」
幸人の戦闘スタイルである零度。敵の攻撃を受け流して利用してしまう。護衛は攻撃しているはずが、いつの間にか武器にされ、気づいたら殺されている。幸人と凪は躊躇せず命を奪い続けているが、鏡は一貫して命を奪ったりしない。迫りくる敵を倒し続け、やがて氷華殿に足を踏み入れる。
ギュウィーン……!
「アラクネ!?」
入口には人体すら簡単に切断するワイヤーを持ったアラクネの構成員が10人以上待っていた。正信を護るために仕向けられた、おそらく総出だろう。ここで邪魔をされたら正信が逃げてしまうかもしれない。このままじゃ……
「凪ちゃんは先に行きなさい!」
「ここは俺たちで食い止める。早く行くんだ!」
「そんな!?私もやるわ!こいつらは玲奈ちゃんを殺した連中よ……」
「おそらく上にクロエがいるはずよ……それに僕なんかより、凪ちゃんの方が奴には怒っているでしょ?逃さないためにもお願い!」
「うぅ……わかったわ!お兄ちゃんも鏡さんも死なないでね!」
ダッダッダッ……!
「さあいいかしら?幸人君……」
「いきなり名前か?ややこしいな……」
「いいじゃない?2人の幸人ってことで。さっさと倒して凪ちゃんを追うわよ」
「いいぜ……」
「ここから逃げられるか!?」
正信は天守閣からロープで逃げようとしている。だが現役から離れた体力では、若い凪が追いかけるスピードに逃げられるはずもない。
「あらお父さん?どこに行くつもりかしら?」
「何……!貴様……凪!?」
ギュウィ……バーン……!
クロエのワイヤー攻撃より、凪の攻撃の方が疾かった。だがあくまでクロエには当てない。ワイヤーを持つ手スレスレの位置だ。
「お父さんには色々聞かなきゃいけないことがあるから、邪魔しないでくれるかな?」
「何を知りたいんだ?まあ、知ったところでお前は死ぬだけだがな……」
確かに目の前には神代怜士、クロエ、ハンマーが臨戦態勢だ。神代は至って冷静な面持ちだが、クロエは凪を殺せなかった悔しさから歯ぎしりを鳴らす。
「どうしてホワイトアスターの子を殺したの……?どうしてスポーツ関係者を殺した……!?一昨日殺された村西天君はまだ10歳だった……それだけじゃなく、天君のお母さんの命まで奪った……!」
娘の口から語られる悪行の数々。果たして奴は何を語るのだろうか?
「私はな、弱いスポーツチームとかガキが昔から大嫌いだったんだよ!アイドルは歌うだけでちやほやされる……野球選手がどれだけ身体に鞭打って練習していると思ってんだ!?」
奴の言い分はこうだ。自分は幼少期から野球に打ち込み、高校時代には甲子園の出場を果たした。それでもプロ野球選手になるための壁は高かった。努力に努力を重ね、夢を叶えられたことは非常に微笑ましいことだ。
「弱い奴らなんか目障りなんだよ……だから私は最強のチームを作るためにな、お前のフリーズエレメントのようなナイフを作ったんだ」
「ナイフを作ったことと、最強のチームの何が関係あるの?」
「お前も見ただろ?血が沸騰するのを。あれには毒が塗られているんだが、あの毒に抗体を持つ人間が……一定数いるんだ……」
「まさか……抗体を持つ人間をかき集めるための殺しだったってこと……!?」
「そうだ……!まあ思ったより少なかったから、結局は弱い奴が多かった……」
血液を沸騰させる特殊な毒、『クライオ』をただナイフに塗るだけの作りだが、奴にとって優秀な人間を選出するには必要だった。北海道で高校野球の球児を殺し回ったネクロスもクライオに抗体を持った野球選手だった。抗体があることがわかると、とことんその選手を洗脳し、自分に従える駒にしていたのだ。
「許さない……!」
ガシッ……!
「ぐぐ……!」
凪は怒りのあまり銃を向けるが、クロエがそれを阻止しようと彼女の首を絞める。強く絞められて意識を失いそうになる中——
バーン……!
照準がズレた弾丸は正信の背後にある壁の装飾パネルに命中した。
バサッ……
すると装飾パネルが落ちた。だがその中には——
「……!?何よこれ……剥製……!?」
何とそこに入っていたのは、千尋と一緒に最後まで残っていたAurora Kissのメンバー、松井 詩奈と宇佐美 真奈の剥製死体だった!2011年9月12日に行われたライブで千尋が倒れ、それ以降の行方がわからなくなったと聞いていた。まさか剥製にされていたなんて……!
「どこまでも悪趣味ね……!もう……」
「許さないんだし!」
ドーン……!
「ぐわっ……!?」
突然後ろから人が飛んできて正信に命中した。アラクネの一人だ。投げたのは一体誰だ?
「遅くなって悪かったわね!下にいた連中は全員倒したわ」
「面倒くさかったぜ……」
鏡幸人もいる。多少の傷は負っているが、まだまだ動けそうだ。
「やっぱりいたのね?神代怜士さん?」
「約束は守りますよ。来てくれるなんて嬉しいです……」
幸人は神代の顔を見ると微笑んだ。神代もメインディッシュが現れて嬉しそうだ。そして鏡はハンマーを見ると——
「ウウウ……」
「やっと会えたな……俺のパワーとお前の馬鹿力、どっちが強いかリベンジしようぜ?」
これで役者は揃った。正信を狙う3人と、正信を護る3人。幸人が口を開く。
「じゃあ……誰が誰と戦いたいか、今決めよっか?」
彼の声を聞いた凪と鏡はそれぞれの方向へ歩く。凪はクロエ、鏡はハンマー、そして幸人は神代怜士だ。
「やっぱり、呼びやすい方で呼ばせてもらうわね?パパ……」
「そう呼ぶんじゃねえ……!お前はいっつもいっつも気持ち悪くて仕方ないんだ……!」
「パパが今まで殺してきた理由ってさ、どこまでも僕を見下して、バカにしているからよね?」
「……?お兄ちゃん、それはどういう……?」
クロエと向かい合っていた凪が振り返る。
「パパはね、僕が女の子っぽくなったトラウマから、自分にとって弱い人間を見るのがとことん嫌になったのよ。僕みたいな人間を一方的に憎み、身勝手に人を殺した……そうよね?ま……今日は逆になりそうだけどね?」
「ハハハハハ……!これは面白い展開になりましたね!ですが私を忘れてもらっちゃ困りますね?」
「そういえばそうよね?僕はさっさと終わらせてごはん食べたいし……」
再び見つめ合う幸人と神代。その隙に正信はロープを使って逃げようとする。しかし——
バーン……!
「神代……お前何するんだ!?」
何と神代はロープを撃って脱出手段を絶った。
「せっかくの機会ですからね、息子さんの戦いでも観ましょうよ?観戦することも、一つのプロ意識というものではありませんか?」
そう。神代も正信を逃がすつもりがないようだ。もし天守閣の出口に向かおうものなら、幸人か神代が確実に妨害をする。これで氷川幸人と神代怜士の決戦場は天守閣に決まった。そして——
「付いてきなさい……」
凪はクロエの誘導で階段を降り、辿り着いた場所は渡櫓。鏡はハンマーを誘導し、正々堂々の殴り合いの場として本丸の中庭を選んだ。
13時過ぎ。氷華殿、本丸の中庭ではジャケットを着た鏡幸人と、タンクトップのハンマーが拳を強く握って向かい合っている。ハンマーは自我を持っていないのか、まともな言葉を発しない。
「ウゥゥ……!」
「早く俺を殺したいか?心配すんな……俺も早く終わらせたい、てか終わらせてやるわ……」
「ウゥゥ……アァァ……!」
ハンマーは彼の挑発に乗っている。
「アァァ……!」
ドッドッドッ……!
まるで地響きを感じるくらいのダッシュ。ヒグマが突進してくるようだった。悔しいがこんな攻撃はガードできない!
「フゥッ……!」
こんなのを喰らったら車に轢かれるのと同じ衝撃だ。それに奴に捕まったら一巻の終わり。絞め潰されて血のジュースになるか、叩きつけられてハンバーグになる運命しか見えない。
「チィ……!(このまま殴り合いの泥仕合は通用しない。弱点はないのか……!?)」
攻撃のリーチが長い上、中庭の石でバランスを崩しやすい。
ブン……!
だが唯一突破口を開けるかもしれない方法が一つだけ思いついた。それは大振りすぎる攻撃だ。大振り……
「……!そうか……」
彼はあることを思い出していた。澪は某ヤクザゲームが好きで、休みの日はテレビを独占されていること。やはり必然的にプレイを観ていた。ゲームでは主人公の動きは決まっている。
「(攻撃を受ける直前のカウンター……怯んだら背後に回り込む……あとは確か、フィニッシュブロウってやつか……?)」
彼は一か八かで賭けに出ることを決めた。果たして通用するのか?
「ウゥゥ……!」
ハンマーの突進……彼は落ち着いて心臓部に狙いを定める。
「ドラー……!」
ドーン……!
「グゥゥ……!」
ハンマーの心臓に、名付けて『バリスタ落とし』が命中。限界まで鍛え上げたパワーは内臓にも響いている。怯んだ隙に背後へ回り込み、ゲームで観たコンボをそのままマネて喰らわせる。
ドスッ……ドスッ……ドゴン……!
「何とか効いてる……!」
だが連撃を喰らわせるばかりでは勝機は見えてこない。
ブーン……!ゴシャ……!
「ギィィ……!」
当然の如く反撃を喰らってしまう。連撃でやっとダメージを与えられたのに対し、たった一撃でそれ以上のダメージを負ってしまう。やはり一撃で大ダメージを与えられる攻撃でなければダメだ。
「ウゥゥ……!」
ドッドッドッ……!
だが奴の行動パターンは、もう見切った……!
「ハッ……!」
何とハンマーの頭に手をつき、そのまま跳び箱を乗り越えるように回避。再び背後に回ることに成功し、空振りをした奴は体勢を大きく崩した。
「これでも受けてみろ!」
パーン……!
彼は両手の平手で奴の両耳に強烈な一撃を叩いた!この一撃で聴力を奪い、大きく怯んだチャンスを彼は逃さない。
「ソラー……!」
そして彼のサイスシュートがハンマーの胸にめり込んだ!大きく膝をついたが、まだ倒れていない。しかし——
「ウゥゥ……!ガァァ……!」
「……!?何が起きている……?」
突然ハンマーが咆哮のような叫び声を上げる。そのまま仰向けに倒れ込むようにして、目を開けたまま動かなくなった。
「おい……!?」
彼は恐る恐る首に触れて確認をする。
「死んでる……一体何が……?」
ハンマーを含むブラック・アンヴィルのメンバーたちは、強い効果を持つ身体強化薬『タイタン-X』を服用している。強大な力を獲得する一方、服用すると寿命を急激に縮めてしまう。奴は鏡幸人との戦いで死んだのではなく、タイタン-Xによって寿命が尽きたのである。
その頃、氷川凪とクロエは渡櫓という狭い場所で戦おうとしている。クロエは切断用のワイヤーを全身の至る箇所に隠し持っている。一つの武器を封じたところで意味はない。
「クロエ……あなただけは許さない……玲奈ちゃんはまだ19歳でこれからだってときに、命だけじゃなく夢まで切り裂いた……」
「そう……なら簡単に切れちゃうほどの弱い命で、ちっぽけな夢だったってことよ」
「あっそう?じゃああなたがこのワイヤーで切れたら、あなたの方が弱いってことでいいかしら?」
「そう言っていられるのも今の内よ……フッ……!」
ギュウィーン……!
1本のワイヤーが壁に突き刺さる。本来ならクロエの方に戻ってくるはずだった。しかし——
カチッ……ギュウィーン……!
何とワイヤーは複数の箇所に分散し、渡櫓を瞬く間にワイヤーが張り巡らされた地と化す。
「これであんたはまともに動けないわね!」
吹き飛ばされてワイヤーを通過してしまったらサイコロステーキだ。渡櫓の半分の範囲でワイヤー地獄では戦い辛いどころではない。さらに——
スッ……
残像なのか実像なのか、視認できないくらいのスピード。だが凪の目は誤魔化せなかった。今のクロエは回転しているだけに過ぎない。
フラッ……
「回る回る吐きそう〜なクロエ」
ドスッ……!
「グブゥ……!」
「今にも吐きそうな目ね?でもかけられたら困るから……」
そう。クロエはプロの戦闘者にも関わらず、凪の周りを回転して目が回ったのだ。奇襲殺法なら通用するかもしれないが、冷静な彼女の前では通用しない。
「あなたの命は強いかしら……!?」
ドゴン……!
「ブォー……!?」
凪の前蹴りがクロエの顔面に命中。たった一撃でクロエの鼻は折れ、顔面から砕けた音が鳴り響く。アイドルとして鍛え抜いた脚の威力はすさまじく、そのまま後方に飛ばされた。そして——
スパッ……!
「……」
クロエは自分が仕掛けたワイヤーを通過してしまった。やがて——
ボトン……ボトボト……!
クロエの肉体は溶けた雪だるまのように崩れ落ちた。
「あ〜あ?大きい口叩いておきながら、最後は崩れちゃったわね?でもこんなステーキは食べたくないわ……」
クロエの血が床を真っ黒に染める。
「円香ちゃん、玲奈ちゃんの仇は取ったわ……あとはお兄ちゃんがどう締めくくるかね……ペッ……!」
本当はやりたくなかったが、彼女は初めて死体に唾を吐いた。どれほどの怒りを抱えているのかが、この行動に表れている。
プシュ……ゴクゴク……
血の海を前にソーダ水を飲むのは趣味ではないが、今日だけは不思議とそんな気分だった。戦いを終えた凪は、ゆっくりとソーダ水を飲んだ。
そして、天守閣では氷川幸人と神代怜士が見つめ合い、その姿を氷川正信が震えながら眺めていた。
「下の連中程度でへばったりしていませんね?」
「もちろん。むしろ熟成したんじゃないかしら?」
「神代!くだらないこと言ってないで早くぶっ殺しちまえ……!」
「そうね……寒くなる前に早いとこやっちゃいましょっか?」
「氷川幸人さん……美味しそうなその強さ、私にください……!」
神代はサプリメントを一気飲みすると、眼鏡の位置を直してナイフを二刀流に構える。幸人は武器を持っていないが、もう一つの戦闘スタイルの氷結を構える。プロの殺し屋と元暗殺者がぶつかり合う究極のバトル。
シュッ……!
神代のナイフ捌きは確かにすさまじい。だが氷結は空手に柔道、合気道など日本の武術を混ぜた戦闘スタイルだ。
ガシッ……!
神代の両腕を掴み、そのまま捻って背負い投げを決める!だが——
「甘いですね……」
「ヌゥ……!」
神代の体幹が強すぎて投げられない!さすがはエクリプスの総帥。だが幸人にはもう一つ力を隠し持っている。正確に言えば彼の心に秘めた力、ヒーローで言う最終形態のようなものだ。その名は、『スパークリングヒート』!
「フゥ……」
「ほう……すさまじい殺気ですね?」
スパークリングヒートを発動している時間はあらゆるダメージを半減し、コンボ数が多くなり、そして攻撃が強力になる。
「美味しそうです……!」
スパッ……スパッ……!
神代のナイフが彼の胸を掠る。だが——
「僕の番……」
次のナイフ攻撃をガードすると、ほっと一息吐いて——
「プッ……!」
彼は勢い良く唾を神代の眼鏡に吐き、唾が付着したことで視界が霞む。
ドスッ……!
「ウゥ……!?」
彼の張り手で眼鏡が割れる。あえて張り手を選んだ理由は、相撲の世界における張り手は高威力。そして——
ドスッ……ドスッ……!
スパークリングヒートを発動した氷結から逃れられる術はない。神代は幸人の攻撃から逃れられず、やがてナイフを奪われる。
スパッ……スパッ……!
ナイフで絶え間なく攻撃をしているが、なぜか血が出ていない。一体何を切っているのだ?その答えは——
ビリッ……ビリビリ……!
何と彼は神代の自慢のスーツを切り裂き、パンツ1枚の姿にしたのだった!
「これはマフラーを切ったお返しよ……でも綺麗な身体じゃない?お金くれるなら相手してあげてもいいけど?」
「フフフフ……やっぱり正信様から聞いた通りでしたよ!最高です……もうお腹いっぱいで入りません……!」
「それはよかったわね?僕はお腹空いちゃったけど?」
「神代……お前何言ってんだ……!?さっさと気持ち悪いこいつを殺せ!」
「すみません正信様!お腹いっぱいになったのでもうあなたは用済みです……プロ意識持っているなら、息子さんと向き合って……みては?フフフフフ……!」
神代はパンツ1枚のまま、天守閣から去っていった。狂った思想を持つ殺し屋であったが、最後は幸人の強さに感動したことで正信は用なしになった。
「ひぃぃ……!」
「お待たせパパ……僕とお楽しみタイム……やる?」
「来るな……!やめろ……!」
「……」
「うわぁ〜……!」
「やめろ……!離せ……!寒い……」
正信は下着姿にされたまま、幸人に天守閣から引っ張り出されていた。何をするつもりなのだろうか?
「幸人……きさ……」
ドスッ……!
「今さら名前で呼ばないでよね……吐き気がするわ……」
「貴様……こんなことして……ただで済むと思うなよ……?」
「どの口が言うのかしら?」
ボキ……!
「あぎゃぁ……!」
「フンッ……!」
ボキィ……!
正信は気持ち悪いとバカにし続けた息子に骨を折られ続ける。
「耳なんていらないわね?」
ブチィ……!
素手で両耳を引き千切られる痛みは想像を絶する。
「貴様は沢山許されないことをした。僕の友だちを殺し、ママの仲間を剥製にし、そして……夢ある人たちを食い物にした……!」
「悪かった……!今までのことは全部謝る……!ちゃんと自首するから……!」
「あっそう……?反省しているならこのおにぎりあげる……確か、昔天むすが好きって言っていたのを思い出して……作ってみたの」
「ありがとう……さすが私の息子だ……!覚えていてくれたんだな……!?」
正信は何の疑いもなくにぎり飯に食らいつく。
「フフフ……」
「痛ぇ……!?何なんだこれ……!?」
そう。にぎり飯の中にはカミソリの刃を仕込んでいたのだ。これはあのときの意趣返し。それが15年越しに自分に返ってきたというわけだ。
「自首して僕のこと話されたら都合悪いのよ……やっぱり死んでもらわないとね……じゃあ次は石を投げてあげるから、僕のピッチングに付き合ってほしいな?」
「やめろ……頼むからやめてくれ……!」
「うぅ〜ん……やだ……」
そうして氷川正信は数時間石を投げつけられ、大量出血と凍傷により、この世から消え去った。ようやく成し遂げた復讐。こんなことは母は褒めないし、喜ばないだろう。
「ごめんねママ……こんな息子に、育っちゃって……!」
彼は喜びの中に混じる寂しさと哀しみに耐えられず、その場で泣き崩れるのだった。