死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
小春は慌てて口を閉ざす。しかし、もう遅かった。
九条の灰青色の瞳孔がふっと開き、小春の周囲に纏う霊力を見た。そして、納得したように息を吐く。
「霊力の源は、やはり君か」
縁側の柱へ寄りかかりながら、独り言のように呟く。
「どうりで、強い霊草菓子だと思ったよ」
小春は目を瞬かせた。
「……霊草、菓子?」
「あの日、鈴白で君の練り切りを出されてね、口に入れたら僕の感覚が死ぬなって直感した」
あまりにもさらりと言われ、小春は言葉を失う。
「だから……食べずに帰られたのですか?」
「いや?」
九条は肩を竦めた。
「対価は支払ったよ」
「え……?」
「ご家族が君を隠すものだから、仕方なく金を積んだ」
さらりと告げながら小春を見下ろす視線には、どこか憐れむような色が混じっている。
小春は思わず、唇の内側を噛んだ。
鈴白の人間は自分を隠していた。その事実を改めて突きつけられた気がした。
「悪いけどその夏蜜柑、遠ざけてもらえる? 僕、苦手なんだ」
九条が眉間を押さえながら言う。
小春は目を丸くした。
「爽やかで美味しいのに……」
「柑橘は匂いが強すぎる。異能の残滓が読めなくなるんだよ」
そこで、小春はようやく精霊たちの言葉の意味を理解した。
(……この人、ずっと神経を張り詰めているんだ)
飄々として見えるのに。少しの刺激すら拾ってしまうほど感覚が鋭い。
小春はそっと夏蜜柑へ視線を落とした。
「それではお身体が休まりませんね」
小春は縁側に置かれた籠を部屋の隅へと移した。
九条は柱へ背を預けたまま、ゆっくり腕を組む。浮かべていた愛想笑いが、やけに不気味だった。
「……御神影がいないうちに本題へ入るね」
小春の喉が小さく鳴る。
「なんでしょうか」
「鈴白小春。君は異能者だ」
はっきりと言い切られ、小春は息を止めた。
「私は……そのような自覚は……」
「嘘つき」
ぴしゃりと、氷の刃のような声で遮られる。
「御神影の回復を、その目で見ただろう?」
九条の灰青色の視線が、魂まで射抜くように小春に突き刺さる。
逃げ場を失ったような感覚に、小春の指先が強張った。
(この人は……知っている)
朔夜の身体のことを。
小春の菓子が何をしているのかを。
「異能検分の力がある僕を、甘く見ないでくれる?」
笑顔を消して九条は柱から身体を離し、小春へゆっくり近づいた。一歩。また一歩。
逃げるほどではない距離なのに、小春の肺が圧迫され息が詰まりそうになる。
「これは、僕個人としての忠告だ」
九条の目が小春を射抜く。
「鈴白小春、君は御神影から離れなさい」
小春の瞳が大きく揺れた。
「君は危険な異能者じゃない。国は排除対象にする気もない。でも、君はいつか御神影を壊す」
小春の呼吸が止まる。
「そんな……!」
「携帯できる霊草飴、発想は優秀だよ。でも即効性もない。浄化で削れた身体を少しだけ回復させて、また立たせる。だから、御神影は限界を超えても無理をする」
九条の目が三日月のように細くなる。それはまるで、獲物を追い詰めた獣のようだった。
小春の指先から血の気が引いた。
「私は……朔夜様を助けたくて……」
九条は小さく息を吐いた。
「君がいなければ、御神影は限界で倒れることができる。でも君がいるから、倒れられないんだよ?」
小春がはっと顔を上げる。
「やっていることは、彼の苦しみを延長させているだけ。……地獄の輪を繋いでいるに過ぎない」
「あ……」
小春の唇が震える。否定したいのに、言葉が出ない。
九条は容赦なく続けた。
「御神影が壊れるとき、一番近くにいる君は耐えられるの?」
小春の脳裏に、黒い血管を浮かべながら浄化を行う朔夜の姿がよぎる。胸が裂けるかと思うほど痛んだ。
「私は……」
「君は優しいけど視野が狭いね。好きだから支えたい、それだけで突き進んでる」
九条は小春を冷たく見下ろす。
小春の肩が小さく震えた。
「……でも……この国の浄化は、朔夜様にしかできません」
「安心して。上層部は次の策を探してる。御神影一人に頼る状況は危険だからね」
「それでは……」
「御神影を支える役目は、君でなくてもいい」
はっきり言われた瞬間、小春の呼吸が浅くなる。
「御神影に必要なのは、君じゃない」
九条の灰青色の瞳が、小春の存在そのものを否定した。