死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
『最後まで卑怯な人たちだったね』
胸元のハッカ飴が、不満げに文句を垂れる。
御神影へと戻る道すがら、小春の表情は晴れない。
「まさか、鈴白を捨てるなんて……」
『きっとまた、小春に縋ってくるよ。助けてって!』
小春は軽く頭を振る。
「私にできることはないもの。あとは、自分たちで歩くしかないわ」
小春は腕の中の着物を抱き寄せた。
『小春だって、やることがある。酸を見つけないとね』
「あ……そうでした」
小春は肩を落とす。
「朔夜様のために、早く見つけないと」
希望に満ちているはずなのに、どこか虚しさが胸をかすめる。
木村の言葉がふっと小春の頭を過る。
(いつか、私が朔夜様を死に──)
「私がそばにいたら、……朔夜様は無理をしてしまう」
不意に浮かんだ考えを、小春は激しく頭を振って打ち消した。
「違うっ……違うわ」
独り言にしては大きな声。言葉にしないと、自分の正義が揺らいでしまいそうだった。
小春は抱えた着物に縋るように力を込めた。
(自分の役目を果たすだけ。それだけでいいの)
何度も心の中で繰り返しながら、小春は前だけを見て歩き続けた。
※
仕事から戻り、朔夜は部屋で衣を整える。
ふと、前腕に目が留まる。小春の霊草菓子を取り入れてから、血管が黒く浮き上がることがなくなった。
(弱点を克服した。喜ぶべきことだろう)
頭の端にはいつも九条との会話がこびりついている。
苦しみは一生抱えるのだ──。
(解決できぬことを深く考えるのは無駄だ)
朔夜は頭を振り、着物を羽織った。
「今までもやれてきた。これからも──」
まるで自分に言い聞かせているようだった。そのとき、障子の奥に気配を感じる。目を向ける。
「小春か」
「はい。菓子をお持ちしました」
「ああ……入ってくれ」
障子をすっと開け、盆を持った小春が入ってくる。
朔夜が卓に座すと、小春も盆を卓に静かに置いた。
「ぜんざいを作りました」
ぜんざいの入った切子硝子の器を差し出した。
「いつも菓子の種類を変えてくれているのだな。ありがたい」
「今日は少し、お疲れのお顔ですね」
「気苦労だよ。九条とやり合った日は特にな」
朔夜が珍しく苦笑いを見せる。
「気苦労……ですか」
(気力も体力も消耗している……その原因は──だめ、考えない!)
膝の上に置いた手をぐっと握りしめ気を取り直した。そして、ふっと力を抜いた。
朔夜はぜんざいを一口含む。ゆっくり味わい、ふっと頬が緩んだ。
「小春の菓子はどれも外れがない。美味いな」
小春の目を見ながら言う。
端正な顔が柔らかく崩れると、どうも小春の胸は落ち着かなくなる。膝の上の手が所在なく布を摘んだ。
「あの……報告があるんです」
小春は背を正す。
「なんだ」
「実家が……売れたそうです」
「……そうか」
「家族は借金を逃れるために、夜逃げをして」
朔夜の匙を持つ手が止まる。瞬きを数回した後、匙を置き黙り込んでしまう。先ほどまで柔和だった顔が硬くなった。
「小春には気分の悪い話だろう。無理に報告する必要はない」
口から出るのは小春を思いやる言葉だった。
「小春が責任を感じることはない。ここで自分のことを優先していろ」
「はい。……鈴白はもう、ありません。私の居場所はここだけです。だから何が何でも、あなたを救う菓子を完成させます」
朔夜をまっすぐ見つめるその瞳は揺るがない。
「一日でも早く…… 朔夜様を支えられるようになりたいと思いました」
小春は視線の置き場に困り手元をみる。そして、恥じらうように頬を染めた。
「小春……」
見入るように小春を見つめる。
無意識に朔夜の手が小春の手に吸い寄せられた。触れる寸前、やはり手が止まる。
小春はその指先を見つめた。
(もう……逃げない)
触れずとも朔夜の体温は伝わっていた。小春も止まったままの朔夜の手を、両手で包み込んだ。
「っ!」
朔夜は驚いて手を引くことができない。
「小春……なぜ」
そう言われると、小春は九条の言葉を思い出してしまう。
私が死に追いやっている──
(嫌だ、違うと言って欲しい)
小春は唇を噛み、眉を寄せる。
だがすぐに表情を消す。
黙ったまま、ただじっと朔夜を見る。
「小春が案ずることは何もない。ここにいろ」
こんなに嬉しい言葉はない。なのに、小春の心は満たされない。自分の欲が膨れ上がっていることを自覚せざるを得ない。
(想いを、ちゃんと言葉で聞かせて)
気を抜けば今にも嗚咽しそうになる。ぐっと息を飲み込む。
逃げたくない──もう曖昧なままではいたくない
小春は朔夜を真っ直ぐ見つめた。
唇が小さく震える。
それでも視線だけは逸らさない。
「朔夜様……」
「私を、お嫁にもらってください」