死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
バタン! と執務室の扉が乱暴に閉められた。
その音に肩を揺らした九条が振り返る。
怒りを孕んだ表情のまま、朔夜が勢いよく椅子に腰掛けた。
「御神影。浄化師の育成を強化しろって、上に直談判していったんだって?」
朔夜はじろりと横目だけで九条を睨み、すぐに目を伏せる。
「情報だけは誰よりも早いな」
「そうさ、褒めてよ。でも職場で八つ当たりされるのは迷惑だなあ。……もしかしてさ」
九条がいやらしく口の端を釣り上げる。
「御神影ともあろう人が、恋煩い?」
朔夜の表情が、一瞬で険しく凍りつく。
「おや、図星?」
けらけらと笑う九条を、朔夜は冷徹に突き放した。
「これ以上、小春に関わるのはやめろ。お前が操っていた鈴白の一家を黙らせたからな。これ以上の身勝手は許さん」
立ち上がり、大股で部屋を出ていく朔夜の背を、九条は黙って見送った。静まり返った室内で、九条は指を組み、少しの間考え込む。
「そっか! 御神影から小春を遠ざけるって手もあるね。放っておいても、あの二人は勝手に壊れる」
椅子から立ち上がり、窓の外を見下ろす九条。
「僕が手を出さなくても、二人は離れるさ……似た者同士、だからね」
顎に手を当てて小さく笑う。だが、その瞳だけは一切笑っておらず、冷たい光を宿していた。
廊下の先を睨みつけるように歩く。
頭の中を占めるのは仕事のことのはずなのに、気づけば瞬時にあの温もりにすり替わる。
(もっとそばにいたい。触れたい。その想いは際限なく深くなる──)
ピタリと足が止まる。険しい表情のまま、視線を床に落とした。
(父親のあの無惨な限界を見たはずだ。二度と、あんな絶望は繰り返さない)
握りしめた拳に力がこもり、皮膚が白く変色していく。
「御神影執行官。馬車の準備ができております」
部下の声で、朔夜はようやく顔を上げた。
揺れる馬車に乗り込むと同時に、腕を組んで目を閉じる。
少しでも気を緩めれば、胸の奥に押し込めた欲求が溢れ出しそうだった。
(小春のためにはならぬ。ただの自己満足だ)
理屈では抑えられない。朔夜は、それを認めざるを得なかった。
がっと開いたその瞳には、先ほどまでの迷いは消え、冷たく澄んだ決意だけが宿っていた。
朔夜は二度と目を閉じなかった。
ただ前だけを見据えたまま、馬車は夜の街を走り続ける。
(小春を傷つけるものは、何人たりとも許さない。──たとえそれが、俺自身だとしても)