死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない

※

 台所で皿を拭く小春の後ろで、志乃は空き瓶の整理をしていた。
「すぐに溜まってしまうわね。美味しいものだけど後処理が大変だわ」
 自嘲気味に言い、瓶を並べていく。
「葡萄酒って不思議ですね」
 志乃は空き瓶を光へ透かした。

「長く置くと底に白い結晶がこびりつくんです」
 小春は手を動かしながら振り返る。
「何がつくんですか?」
 志乃が瓶をひっくり返し指をさす。
「これですよ。酒石っていうんですが、これが酸っぱくて」
 小春の手がぴたりと止まる。

「……酸っぱい?」

 その一言で、小春の中に眠っていた記憶が一気に繋がった。
 縁側で飲んだ、あの日のラムネ。舌を刺す、あの小さな刺激。
「……もしかして」
 小春は皿を置き、瓶の底を見つめる。

(もし、これを重炭酸と合わせたら?)

 頭の中で何かがばちりと閃いた。
 胸の鼓動が一気に早くなる。
 菜箸を一本手に取る。

「その石を削ってもいいですか」
「ええ」

 志乃は言われるがまま、瓶を手渡した。
 小春は瓶の底に付く酒石を削り落とした。 少量だが、それを乳鉢で細かく砕いた。 そこへ重炭酸の粉を混ぜる。

「小春様。一体、何を作っているのです?」

 志乃は目をぱちぱちと瞬かせる。
 小春の口元がきゅっと上がった。

「もしかしたら、ラムネの炭酸を再現できるかもしれません」
 小春は出来上がった白い粉を恐る恐る舌へ乗せる。ゆっくり口を閉じた。
 次の瞬間、しゅわりと小さな音とともに弾けた。

「……っ!」
 口から声にならない吐息が漏れる。
 脳に響くような小さな泡が、ぱちぱちと口の中で踊る。炭酸のピリッとした感覚の上に少しだけ重炭酸の苦味を感じた。思わず、目を大きく開いてしまう。

(目が覚めるこの感じ……あの時のラムネみたい!) 
 小春の瞳が潤む。
「……これです。ラムネのあの刺激!」
 小春は次々と配合を思い浮かべた。

「……これ、甘くしたらラムネ菓子になりますね!」

 興奮で小春の呼吸が乱れる。
「あら、大発見ですね! では、空き瓶についている酒石を集めましょうか」
 小春と志乃は、夢中で瓶の内側を削り続ける。それでも集まった白い結晶は小指ほどの量だけだった。

「これでは全然足りないわ……」
 せっかく発見したと思えば、すぐに次の困難が待っている。小春は唇を噛んだ。
「何をしているのです?」
 いつの間にか、鷹宮が背後に立っていた。
「葡萄酒の結晶です……これでラムネは作れそうなんです。でも量が足りなくて」
 小春が肩を落とす。
 鷹宮は小春の手元を覗き込み、すぐに察したように頷いた。

「その結晶は酒石です。酒石酸としても薬種屋でも扱っております」

 小春の目が見開かれる。
「酒石……酸?」
「胃薬にも使います。もっとも、普通は菓子に入れようとは思いませんがな」
(なるほど、だから薬屋で売っているのね!)
 小春は思わず鷹宮を見上げた。
「酒石酸……これなら必要な分だけ用意できますね」
 小春の中で、希望がしゅわりと繋がった。

「鷹宮さん、今すぐその薬種屋を教えて下さい!」
 顔を上げた小春の瞳には、かつてない強い光が宿っていた。

< 71 / 98 >

この作品をシェア

pagetop