死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
※
台所の竈にかけた鍋の前で、小春は水飴をかき混ぜていた。
志乃が小さな桐箱を両手で抱えながら台所へ入ってきた。
「小春様。先ほど参拝客の方から、お供えのお礼にと頂きました」
箱を開くと、白い落雁が姿を現した。向かい合う二羽の鶴が、翼を大きく広げた吉祥柄だった。
「まあ……美しい」
壊してしまいそうで、小春は指先を止める。
「職人が一つひとつ木型で打った品だそうですよ」
小春は羽の筋までくっきりと表れた細工に、思わず目を細めた。
「まるで、お祝いのお気持ちが形になったようで素敵です」
「ええ。あとで神棚に飾ります」
志乃は落雁を卓の上に静かに下ろした。そして、ざるに入った青菜の束をざぶんと水に漬け込んだ。
「それにしても、ラムネという菓子は、水で繋げないとは困りましたね」
志乃は青菜を洗いながら呟くように言う。
小春も吐息混じりに、「本当に」と小さく頷く。
「繋ぎなら寒天とか葛も考えたんですが、水分が多いから気が抜けてしまって」
「では、蜂蜜はいかがですか?」
ざるに青菜を入れ水を切りながら、志乃が提案する。
「悪くはないのですが……もう少し水分がないほうがいいんです……」
蜂蜜を鍋で煮詰め、極限まで水分を飛ばす──。
その光景を頭の中で想像した瞬間、小春はある決定的な事実に気がついた。
「……あれ? もしかして」
小春は弾かれたように志乃に向き直る。何度も、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「私……いつも作っていますね……」
志乃が不思議そうに首を傾げる。
「何をですか?」
「……水飴」
小春の瞳が見開かれる。
「そうだ!」
勢いよく顔を上げた。
「水飴ですよ!」
(水飴なら、水を足さずに粉をまとめられる……!)
小春は思わず頬を上気させる。
「できる……! きっとできるわ!」
志乃は青菜をまな板に移し、ふっと笑った。
「あら、答えが出たじゃないですか」
「はい! 早速やってみます」
小皿に材料を合わせ入れ、そこに水飴をほんの少量だけ落とした。それを指で丁寧につなぎ合わせるように練っていく。しっとりしたところで指で押し固めるが、ホロリと崩れてしまった。
見守る志乃も、思わず「ああ……」肩を落とした。
「力が足りないんだわ……。もっと強く押し固めないと」
完成を目の前にして、その新たな壁に小春は唇を噛んだ。
「……押し固める?」
志乃がゆっくりと後の落雁に振り返る。そして、はっと顔を上げると、後ろの吊り棚の奥から、ある道具を取り出した。
「これなら押し固められます!」
志乃が小春に差し出したのは、落雁を作るための精巧な木製の押し型だった。
一瞬の間を置いて、小春の目が開かれる、
「……落雁の型! いい案だわ。すごい、志乃さん!」
小春は小さく跳ね、思わず志乃の両手をぎゅっと握りしめていた。
「朔夜様が準備されていた中にこれがあったのを思い出しました。ほら、植物の意匠が施された木型ですよ」
桜や楓、菊など四季の草花を繊細に彫った木型だった。
「一口大だし、ちょうどいいですね」
小春が木型を見ながら、柔らかく微笑む。
「小春様、これで形にできますね!」
しかし、小春は木型を下ろした。
「……まだ、作りません」
「小春様?」
志乃が首を傾げる。
「最後の仕上げは、朔夜様とやりたくて……」
志乃が目を瞬かせて、含み笑いをする。
「まあ、なんとも仲良しご夫婦ですね。とてもいい試みだと思います」
小春は何も答えず、ただ静かに木型を見据えていた。
その顔に心からの笑顔がないことに、志乃は気づかない。
日中の陽光が差し込む厨房は、かつてないぬくもりに満たされているのに。
それでも、小春の胸の奥の冷たさだけは消えなかった。