死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない



「夕立がきそうですよ。そのお荷物でどちらに行かれるんですか?」
 草履を履いていた小春に、志乃が声をかけた。その視線は小春の抱える大きな鞄へ向けられている。
「ええ。今日は朔夜様にお荷物を届けるんです」
 小春はそう言って立ち上がり、志乃へ振り返った。
「え……わざわざ小春様が行かなくても鷹宮さんが行きますよ」
 しかし小春はそれに答えない。
「志乃さん、ご心配ありがとうございます。では行ってきますね」

 いつも以上に丁寧な挨拶だった。満面の笑みを浮かべ軽く頭を下げる。
 その様子に、志乃はなぜか胸騒ぎを覚えた。しかし理由まではわからない。志乃は首を傾げながら、小春の背を見送った。

 けれど小春が向かった先は実家ではない。
 朔夜の勤める内務省だった。

 門を出る手前で、この家を覗き込む者が見えた。裾が所々ほつれた紺色の着物に、背に風呂敷を抱えている。小春の足が止まった。
「紗良……?」
 心臓がドクンと嫌な音を立てた。
「姉様!」 
 小春に気がついた紗良が笑みを浮かべ走り寄ってきた。
「ねえ、ここで働かしてくれない? 私ね、ちゃんと反省したのよ。姉様には本当に悪いことをしたって」
 今にも泣き出しそうな顔だった。
 紗良の後に視線を向けるが、誰もいない。
「……お父様たちは?」
 すると、紗良が鼻根にしわを寄せた。
「あいつらっ、私を置いてとんずらしたのよ⁉︎ 私に借金を背負わそうとしたんだから! 本当の悪は、両親なのよ!」
 紗良の瞳には光がない。炭を溶かしたように不透明だった。
 小春は胸が潰されそうになり、目を伏せる。

「ねえ、姉様。私たちはたった二人だけの姉妹。手を取り合って生きていくべきでしょう?」
 紗良が小春の手を両手に握ってくる。その冷たさに、小春の背がゾッと冷える。素早く振り払った。
「紗良。もうやめましょう」
 小春は懐から一枚の紙を取り出す。それは、かつて父親が印を押した「小春との縁切り」の誓約証だった。そこには、両親のみならず紗良の名も連なっている。
「こんなもの、もう無効よ!」
 紗良の表情がぴくりと歪んだ。
「ええ。そうね。これはもう……要らないの」
 小春は証書を見つめた。指先に力を込めると、紙がびりっと裂けた。
 紗良が戸惑い、後退りする。
「……姉様?」

 小春が紗良を見据える。
「紗良。他人に縋る生き方では、また失敗するわ」
「姉なんだから助けて当然でしょう!」
 紗良は子供のように地団駄を踏む。そうすれば、小春は哀れんで紗良を助ける。昔はそうだった。しかし──

「私は紗良を助けない」
「なっ」
 紗良の顔から血の気が引いた。
「……そんな」
 声が裏返り、その場に立ち尽くした。
 そんな紗良を残し、小春は前を見据え歩き出してしまう。
「私……死んじゃうわよ」
 紗良が力をなくし、その場に崩れた。
 小春は顔だけ振り返る。
「自分の力で、生きていくの」
 小春は二度と振り返らなかった。

 そして、ズキズキと痛みが響く胸元を押さえて、小春の足は内務省へと向かった。


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