泡沫の月に幽玄の狼

(とにかく、貴博から逃げなきゃ!)

そう思い、わたしは階段から下りようとした。

しかしその時、後ろから左腕を掴まれ、引き留められる。
咄嗟に振り払おうとしながら、振り向くと、そこにはわたしの腕を掴む貴博が立っており、わたしを鋭い目つきで見下ろしていた。

「どこ行くんだ!」
「やめて!離して!」

わたしは必死に抵抗した。
しかし、貴博は思い切りわたしの腕を掴み、離そうとしてくれない。

「大人しくしろ!」
「貴博やめて!」
「うるさい!暴れるな!」

そして、階段で言い争い、貴博から逃れようとした、その時だった。
貴博はふとわたしの腕を離し、そのままわたしの肩を押したのだ。

その瞬間、まるでスローモーションのように見える貴博の笑み―――

それからわたしは階段から転がり落ち、いつの間にか意識を失っていた。





「―――んっ···」

霞む視界にぼんやりとする頭。
次第にハッキリと見えてきたのは、白い天井と蛍光灯だった。
鼻には、ツンとした消毒のにおい。

(ここは···どこ?)

そう思っていると、急激に頭が痛み始めた。

「うっ···」

すると、周りを囲っていた白いカーテンが開き、白いスクラブを着る女性が入って来た。

「鳳月さん?わかりますか?痛みはありますか?」

わたしはその人が看護師さんだと気付き、顔を歪めながらゆっくり頷く。

「頭を打って気を失ってたんですよ。今、先生呼んできますね」

看護師さんはそう言うと、先生を呼びに一度カーテンの外へと出て行った。

(ここは···病院なんだ。わたし、階段から落ちて···そして···)

そこでわたしは貴博に階段から突き落とされた事を思い出す。
わたしは階段から落ちて、そのあと誰がどのようにしてここへ運んでくれたのだろう。

そんな事を考えていると、白衣を着た年配の医師がやって来た。

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