女除霊師の密かごと
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結局昼休み中ずっと、人体模型はミナトのことを離さなかった。
昼休みが終わる頃、私は猫に戻ってしまったミナトをそっと腕に抱え、理科室の扉を開けて廊下へと出た。
その瞬間、粘り気の強い視線を感じた。
廊下の奥、日の当たらない薄暗がりに、一人の女子生徒が立っている。
見慣れない顔。茶色の髪を肩のあたりで切り揃えた少女が、じっとこちらを見ていた。
「真中優眠さん」
その女生徒が柔らかく名を呼ぶ。
「あたし、二年の松崎って言うの。一緒に遊ばない?」
唐突すぎる。
腕時計を見ると、昼休みの終わりが迫っていた。次の授業が始まる前に、早く移動しなければならない。
「そろそろ次の授業ですけど……」
「そんなのいいわ。一緒に遊びましょう」
松崎さんはその場から一歩も動かず、手だけをひらひらと振って手招きしてくる。暗がりの中、その白い指がやけに浮かび上がって見えた。
「……あの、そんなところで何をしてるんですか?」
松崎さんは答えなかった。ただにこりと、作り物めいた笑顔で私を見つめる。霊の気配は感じない。しかしどうにも様子がおかしく、引っかかる。
一歩、彼女に近付こうとした。その時だった。
「――優眠様、そこで何をなさっているのですか?」
背後から、凛とした声がかかる。
吸い寄せられるように松崎さんに近付きかけていた私は、はっと我に返ったような心地だった。
驚いて振り返ると、制服姿の花恋さんが立っていた。彼女はほうきを手にして眉をひそめている。
「……花恋さんこそどうしてここに?」
「中等部の清掃の時間は、高等部と違って昼休みの後ですのよ。わたくしはこちらの校舎の廊下の清掃係です」
言いながら、花恋さんの視線は廊下の奥に向けられていた。
私もその視線を追うように、再び松崎さんのいた廊下の奥に目を向ける。――そこにはもう、誰もいなかった。
「……今の方、お知り合いですか?」
花恋さんが尋ねてくる。
「いや……面識はないはずだけど」
「では、優眠様はあの方に対して、何も感じませんでしたか? 霊と人が混じり合ったような、何やら妙な気配でしたが」
花恋さんは一歩こちらに寄りながら、慎重な口調で言う。
「……何も感じなかった」
「おかしいですね。わたくしよりも優眠様の方が、そういう勘は鋭いはず……。意図して特定の相手に異質さを隠せているとなると、相当強い幽霊だと思います」
……もしも白露院が、動物にした生徒の魂を蝕んで入り込むことができるだけでなく、その生徒の人間の姿を模倣することができるとしたら?
そんな仮説を胸に抱いていた時、正面の花恋さんが静かに目を伏せ、ふう、とひとつ息を吐いた。
「……あのキモい人体模型も言っていましたが、やはり白露院の狙いは、優眠様だと思います」
花恋さんの視線がまっすぐ私に向けられる。
「ご自覚がおありですよね? 生徒が行方不明になり始めたのは、優眠様がご入学される少し前からです」
その言葉が、静かに沈んでいく。
私がこの学校に来たせいで、白露院が動き出した――そう言われているようだった。
「白露院は、平安の世で自分を封じた御三家を恨んでいます。その生き残りの一家の末裔である優眠様が、わざわざ堂々と自分の懐の中に入ってきた。黙っているはずがありません」
私は口を挟んだ。
「でも、同じ末裔である私のお兄ちゃんはこの学校の卒業生だよ。お兄ちゃんの在学中は何もなかったのに……」
ほんのわずかに、花恋さんの眉がぴくりと動く。
「あの、テレビで己の力をひけらかしている目立ちたがりのお兄様ですか? 白露院にとって彼は、わざわざ無理をしてまで殺すほどの器ではなかったということでしょう」
言い放つ口調に少し毒が混じっている。人の兄に対してなんてひどい言い草だろう。
花恋さんはさらりと髪に指を通して続けた。
「というのは冗談として、おそらく時期ではなかったのでしょうね。数年前は白露院の封印がまだ効いていて、動きたくても動けなかったのでしょう。怨霊の考えることはよく分かりませんが」