初恋が君に届くまで
「あの、綾瀬さん?」

タクシーの後部シートに並んで座り、つむぎは窓枠に肘をついて外を眺めている丈に控えめに話しかけた。

「どうかされましたか?」
「別に」
「そうですか……」

冷たく返されて、つむぎはうつむく。

「でもさっきから黙ったままだし、目も合わせてくれないし。私、なにかしちゃったのかな? やだ、涙が出てきそう」

そう思いながら込み上げる涙をこらえていると、丈が振り返った。

「本当になんでもない。ごめん、ちょっと動揺してしまっただけだ」
「え? どうして動揺なんて……」
「いや、それより確認させて。君、いつも酔うとこんなふうになるの?」
「こんなふう、とは? 確かに今夜はちょっとお酒が進んでしまいましたが、ご覧の通り意識ははっきりしております」
「それはそうだけど……。とにかくこれだけは言わせてほしい。男と二人で飲みに行く時は、あんまり飲まない方がいい。くれぐれも気をつけて」

どういう意味だろうと思いながら、はい、と気の抜けた返事をする。

丈はまた窓の外に視線を戻し、つむぎはそれ以上なにも話せなかった。

20分ほどでつむぎのワンルームマンションに着き、丈は先にタクシーを降りるとつむぎに手を差し伸べる。

「ありがとうございます」

丈の手を借りてタクシーを降りると、丈はスッと手を離して顔を上げた。

「部屋まで送る」
「いえ、大丈夫ですから。そんなに酔ってません」
「本当に? それなら部屋番号言える?」
「もちろん。303号室です」
「よし、行こう」
「ええ?」

はめられたと気づいたものの、強引に肩を抱かれて仕方なく歩き出す。

エレベーターで3階まで行き、角の部屋まで来るとつむぎは改めて丈と向かい合った。

「綾瀬さん、今夜は本当にありがとうございました。月曜日、早速営業の担当者にバーの話をしてみます。ごちそうになってしまってすみません」
「いや、構わない。こちらこそつき合ってくれてありがとう。じゃあまた月曜日に」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ。戸締まり気をつけて」

つむぎは去って行く背の高い丈の後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。
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