毒を持つ娘と、毒を食う獣魔王 ~偽りの愛と復讐劇~
 ついには子犬がリィラの唇を舐め始めたので、妬いたのかゼンティが膨れた。

「こら! 美味しそうだからって味見しすぎだよ! ほら、アレンの所に行きな」

 ゼンティが少し離れた席に座るアレンの方を指差すと、子犬は素直にリィラの膝から飛び降りた。
 そしてアレンの所まで駆けていくと、今度はアレンの膝の上にピョンと飛び乗った。子犬はアレンにかなり懐いている。

 そんな微笑ましいシーンを見たリィラの心は温まり、表情も氷が溶けたように柔らかくなる。

「可愛い子犬……ゼンティのペットなの?」
「子犬じゃないよ、魔物だよ。僕の妹」
「え……妹?」

 何の冗談だろうかと思ったが、ゼンティの顔を見ると嘘を言ってるようには見えない。

「獣魔族は生まれてから成人するまでは獣の姿なんだよ」

 そういえば、さっきアレンも教えてくれた事だった。
 さらにゼンティが説明を加えてくれた。このベスティア王国に住むのは成人した獣魔のみだが、王族は例外であると。

 成人前の獣魔は、野生の魔物として森に生息しているという。いずれ全ての獣魔族に人間の体を入手させて王国に迎え入れるのが目標らしい。
 ……つまり、そのために人間を捕食するわけで、それだけの犠牲者が出る事になる。

 そんなリィラの心も知らず、妹の姿を見つめるゼンティの優しげな瞳は兄の顔だ。

「子犬みたいに見えるけどね、あの子はもうすぐ成人するレディだよ」
「……妹さんの名前は?」
「成人前だから、まだない。リィラちゃんが仮の名前を付けていいよ」

 これもアレンが言っていた。成人したら人間を捕食して、その人間の『体と名前』を得るのだと。
 しかし突然、名前を決めてもいいと言われても困る。呼び名がないのは確かに不便だが、お姫様の命名は責任重大だ。

 真剣に考えて黙り込んでいると、静まり返る食堂の中で子犬に話しかけるアレンの声だけが小さく聞こえてきた。

「姫様、あちらの女性はゼンティ様専用の嗜好品です。味見してはいけません」

 話の内容はともかく、アレンは子犬と会話ができるらしい。魔物どうしだから当然かもしれない。

「アレンさんは姫様って呼んでるから、名前はヒメで……どうかな」

 リィラの安直な案だったが、これならアレンも呼び方を変えずに済む。
 意外とゼンティはその名が気に入ったようで、素直に喜んでいる。

「いいね、それ! 可愛い! 妹の名前はヒメにするよ!」

 もはやゼンティが可愛い。本当に彼も魔物なのだろうか。
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