意地悪なボイスアクターの危険な執着愛から逃れたい
私は反射的に足を止めた。

そこに立っていたのは――


「……那原さん」


那原さんが、私を見てニヤリと笑った。

その顔を見た瞬間、胸がざわついた。


「紗枝」


舌でころがすように、そう呼ばれて不覚にもドキリとした。

那原さんがゆっくりと私の目の前に歩みを進めた。

そして、私と2メートルほどの距離を置いて立ち止まった。


「どうして……ここに」

「デートに誘おうと思って」

「……へ?」


思わず間の抜けた声が出た。


「デート?」

「そう」

「行きません」


即答した。

那原さんが少しだけ目を細める。


「即答だな」


私は鞄を持ち直した。


「か、からかわないでください。じゃあ、失礼します」


那原さんの横を通り過ぎようとした。


「紗枝」


そのまま歩く。


「紗枝」


今度は少し大きな声でもう一度、呼ばれた。

人目を気にして仕方なく立ち止まり、振り返る。

那原さんはゆったりとした動作で再び私に近づいて来た。

今度は先ほどより距離を詰められる。

その時だった。

那原さんはズボンのポケットから何かを取り出した。


「これ」

「え?」


目の前に掲げられたものをみて空気が凍り付いた。

那原さんの指にストラップの紐が引っかかり、小さながま口財布が目の前で揺れていた。

「それ……」

「落としただろ」

「……!」
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