触れられなくても、君がいい。 ――青くて甘い二人の遠距離ロマンス。
 ◇

 彼女たちを見送ると、ロビーは静まり返った。
 開放的な空間に響くのは、大型エアコンの駆動音と、ガラス越しに聞こえる蝉時雨だけだ。

『また来たい』

 夏帆も、ここへ来るたびにそう言ってくれた。

『この街も海も、航の宿も、全部素敵だもん』

 十六の冬、川沿いのカフェでの言葉。
 生まれ育った俺は忘れがちだった魅力を、彼女が教えてくれたのだ。


 カウンターの奥へ戻り、午後のチェックインに向けた事務作業に取りかかろうとしたけれど。
 ふと、窓いっぱいに切り取られた青に、目を留めた。

 生まれたときから、ずっとそばにある景色。
 リネンを抱えて廊下を走るのも、ビーチへ続く扉の砂を掃くのも、当たり前の日常だった。
 海も好きだったし、宿の手伝いも、嫌々やっていたわけではない。

 ただ、好きかどうかを問われるより先に、選ぶより先に、俺の未来は決まっていた。
 机に向かい、選択肢を広げようとしていた夏帆との違いは、ひしひしと感じられた。

 だけど、今は違う。
 この場所も、この仕事も。自分の意志で決めたものなのだ。
< 166 / 242 >

この作品をシェア

pagetop