触れられなくても、君がいい。 ――青い二人の、遠距離ロマンス。
 ◇

 過去の記憶に浸りながら微睡んでいた俺は、不意に頬へ落ちた柔らかい感触で、目を覚ました。

「あ、起きた」

 視界に映るのは――予定より早く帰ってきた妻だった。

「……え?」

 驚いて身体を起こす。

「ビックリした? 帰る前に電話したんだけど、出なかったから。洋くんに『部屋で寝てる』って聞いて、まだバスあったし、バスで帰ってきたよ」

 ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、時刻は二十一時。
 たしかに、妻からの不在着信があった。

「……ごめん」

 寝ぼけた頭でハッとして、慌てて枕元を確認する。
 夏帆からの手紙やメモを、うっかり置きっ放しにしていないかと焦ったのだ。

 本棚の奥に目をやり、密かに安堵の息を吐いた。
 すべてあの缶ケースにしまい、妻の身長からは角度的に見えないであろう場所に隠せてあった。

 妻がベッドの縁に腰掛けると、小さく軋む音が鳴った。

「洋くんがね、『最近お客さん多くて、兄貴疲れてそうだし、夜のフロント代わるよ』って言ってくれてたよ」

「え、マジか」

「優しい弟だねえ」

 妻はにっこりと笑うと、俺の両腕を「よいしょ」と引っ張り上げた。


「じゃあ、私たちの部屋、行こ?」


 今いる俺の部屋は、宿泊棟の横にある実家の一室で、自分たちの家は、隣の敷地に建てた別棟にあるのだ。

 妻は嬉しそうに腕を絡め、俺を夜の廊下へと連れ出すのだった。
< 88 / 242 >

この作品をシェア

pagetop