恋を知らないきみへ
あまりにも急な提案だったのか、木ノ下くんが初めて少しだけ言葉に詰まった。

「なんで俺が?」

「分かんないんでしょ?だったら、自分の目で見た方が早いじゃん」

「やだよ、めんどくさい」

「ほら、そういうとこ」

「それ、営業の仕事でしょ」

「うん、そうだよ。でも今回は新ブランドの下地作りなんだから、木ノ下くんも関係あるでしょ」


彼が言い返してこない。
これは絶対にチャンスだ。黙っているうちに畳みかける。

「展示場に来る前のお客様の話じゃなくて、もう実際に住んでる人の話。そこで何が良くて、何が足りなくて、どういうところにお金をかけたいと思ったのか。そういうの聞いた方が、木ノ下くんも少しは分かるんじゃない?」


私がまくし立てるように言い終えると、木ノ下くんは無言でこちらを見ていた。

その目は相変わらず冷たいけれど、完全に聞き流しているわけではないらしい。


しばらくしてから、彼は露骨に嫌そうな顔で舌打ちした。

「……チッ」

「舌打ちしたね?」

「したよ」

「最低」

「もともとこうだから」

「もっと最低。開き直らないでよ」


木ノ下くんは椅子の背もたれに体重を預けると、面倒くさそうに天井を見上げた。

それから、ものすごくだるそうに言う。

「……いつ行くの?」

「え?」

「行くんでしょ。実際に住んでる人の話、聞きに」


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