恋を知らないきみへ
「じゃあ、候補のご家族に連絡してみる」

「どうぞ」

「共働きのご夫婦で、小さい子どもがいるお家がいいよね」

「任せる」

「……もうちょっとやる気出してくれてもよくない?」

今にも“やっぱりあなたと一緒に行くのは嫌だ”と口にしてしまいそうになる本音を、なんとか気合いで押し込む。

彼は涼しい顔でキーボードをカタカタ打ち込んでいる。

「やる気なら出してるよ。一応」

「全然見えない」

「小関さんに見せる必要ないし」


……ああ言えばこう言う。

私は何度目か分からないため息を、また小さく吐いた。


たぶん、この先もこうやってぶつかるんだろう。思考回路が違いすぎて、いちいち腹が立つ。

でも、その腹立たしさの先に、今まで自分が見たことのないものがあるような気もしてしまうのが、さらに厄介だった。


私はスマホを取り出して、以前担当したお客様の連絡先を開く。

木ノ下くんを連れて行くなら、きちんと話してくれそうなご家族がいい。
できれば、実際に住んでみた感想を率直に聞かせてくれる人。


「……小関さん」

ふと名前を呼ばれて、反射で「なに?」と返事をする。

「俺がいても大丈夫な人にしてよ」

「え?」

「急に営業でもない知らない男が家に来たら嫌でしょ」


その言葉に、思わず木ノ下くんの方を見る。

でも彼は、相変わらずパソコンの画面を見たままだった。
まるで大したことじゃないみたいな顔で、淡々とキーボードを打っている。


……そういうとこなんだよな。
そういう、たまにちゃんとしてる感じが、余計に調子を狂わせる。

「分かってるよ。ちゃんと確認してからにする」

そう返すと、木ノ下くんは小さく「ならいいけど」とだけ言った。


私はもう一度スマホの画面へ視線を落としながら、心の中で“不思議だな”とつぶやく。

どう考えても面倒な人なのに。
どうしてこう、少しだけまともなことを言ってくるんだろう。


そんなことを考えながら、私は一件の連絡先をタップした。



••┈┈┈┈••

< 40 / 93 >

この作品をシェア

pagetop