恋を知らないきみへ
夕方、予定していた時間よりもずっと遅い十八時。
一時間もオーバーしてしまった。

営業車を会社の駐車場に停めて、そこから足早にエントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。
もうパラパラと帰る人たちとすれ違ったりもした。


普段はあまり足を踏み入れないマーケティング部のフロアでエレベーターを降りた私は、とりあえず「失礼します」と挨拶して中へ入る。


マーケティング部は営業部より静かだった。
キーボードを叩く音だけが聞こえてくる。

部内を見渡すと、帰り支度をしている人もいれば、まだパソコンへ向かっている人もいる。

その一番奥。
木ノ下くんは、まだ席にいた。

パソコンの画面には大量の数字。
机の上には参考資料が山積みになっていた。


彼は私に気づくと、小さく顔を上げた。

「ごめん、遅くなった」

開口一番で謝ったら、木ノ下くんはふっと腕時計で時間を確認して

「五十九分オーバー」

と笑った。

「ちょっ……数えないで!」

「でも、俺の予想通りの時間だった」

「え、なんで?」

「五組で収まった?」


彼は彼で、昨日よりもさらにかなりの量のデータを集めていたらしい。
そのすべてが物語る、机の上に広がる書類の山だった。

木ノ下くんの察してる感じの視線から逃げられなくて、仕方なく小声で答える。

「……七組に聞いてきた」

「……増えてる」

「聞いてるうちに止まらなくなっちゃって」


だいぶ遅くなったことに関して、彼はまったく責めることなく隣の空いているデスクのイスを見やった。

「もう隣の同僚帰ったから、そこ使っていいよ」

「あ……うん」


言われた通り、隣のイスを借りて机にバッグを置くとメモやタブレットを取り出す。

「小関さんのことだから、たぶん五組じゃ終わらないだろうなって思ってた」

そう言われて、思わずタブレットを操作する手を止めた。

「……なんで分かるの」

「……んー、なんとなく」

木ノ下くんは小さく笑うと、自分のパソコンの画面を私に向けてきた。


< 83 / 137 >

この作品をシェア

pagetop