恋を知らないきみへ
昨日まで何度もぶつかった。小競り合いも、当たり前のように繰り返してきた。
それでも、お互い譲らなかったからここまで来られた気もする。


営業部長はそんな私たちを見て笑う。

「勘違いしてほしくないんだけど」

その言葉に自然と姿勢が伸びた。

「このブランドを二人だけで作るわけじゃない。ここから先は設計部も商品企画も、広報もデザインも入ってくる」

マーケ課長が続ける。

「来週の本会議には役員も出席する。そこで説明するのは私たちだし、最終的な責任も私たちが持つ」


その言葉を聞いて、胸につかえていたものが少しだけ軽くなった。

営業部長は資料を一枚持ち上げる。

「でも、その人たちが最初に見るのがこの資料なんだ。ブランドの方向性って、最初の土台でほとんど決まる」

だから──、と部長はにっこりと余裕のある微笑みを浮かべた。

「その土台を二人に任せた」

思わず顔を上げる。


営業部長は私たちへ順番に視線を巡らせた。

「小関さんには営業として見えているものがある。そして、木ノ下くんにはマーケとして見えているものがある。せっかくなんだから、お互い遠慮しなくていい」

マーケ課長も続くように静かにうなずく。

「営業は営業の視点で考えて、マーケはマーケの視点で考える。最初から相手に合わせようとしなくていい」

営業部長が笑いながら言葉を引き継いだ。

「むしろ合わせられると困るんだよね。営業らしい意見と、マーケらしい意見、それをどう一つにするかは、俺たちの仕事だから」


私は無意識に木ノ下くんを見てしまった。
その横顔は淡々としていて、感情が読めない。

ただ、昨日までぶつかっていたことが少しだけ肯定された気がした。


営業部長は最後に資料を机へ静かに置いた。

「だからこれからも、ちゃんとぶつかってほしい。その代わり、相手の話は最後まで聞くこと」

私たちの二週間を詰め込んだ資料が、ちゃんと大切にされているような手の置き方だった。

「君たち二人は、それだけ守ってくれればいい」

マーケ課長も一緒になって笑う。

「二人に任せてよかったよ」


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