恋を知らないきみへ
その言葉にほっとしていたら、ふと営業部長が時計に目をやって、改めて資料を手元へ引き寄せた。

「じゃあ次の話をしよう」


……全然、“終わり”じゃなかった。
抜けかけていた肩の力が、どことなくまた入り直した。

部屋の空気が少しだけ引き締まる。


「調査フェーズは今日で終わりとする」

その言葉に、思わず息を飲む。

営業部長は私たちが戸惑っていることには気づいているだろうが、そのまま続ける。

「ここからはブランドコンセプトを固める段階に入る」

マーケ課長が資料を軽く叩く。

「今回まとめてもらったのは、お客様が何を求めているのかという根拠。でも、本会議で必要になるのはその先なんだ」

改めて出てきた“本会議”というワードにドキッとしながらも、私は首をかしげる。

「その先……ですか?」

うなずいた課長は、資料と並べて置いていたタブレットで何かを操作しながら目だけこちらへ向けた。

「このブランドは誰のために存在するのか、どんな暮らしを届けたいのか。その価値を、一言で説明できるようにしてほしい」


その言葉を受けて慌てて私は資料の端っこにメモを取り始める。
ほとんど同時に、隣の木ノ下くんも小さなメモ帳になにかを書き込んでいた。

……“次の話”が、これまた重すぎる。

少し緊張しながらも、言われたことをメモしていく。


営業部長が私たちにメモを取る時間をくれるように、再び少しゆっくり話し始めた。

「来週の本会議では、この資料を土台に各部署が動き始めると思う。設計も、商品企画も、広報も、デザインも関わってくる。──だから調査資料で終わらせちゃだめなんだ」

それまでタブレットでなにかを見ていたマーケ課長も、手を止めてうなずく。

「ブランドコンセプトまで、一緒に作ってもらえるかな」


───ブランドコンセプト。
そうメモを取った自分の文字を、なんとなくなぞる。


部長は私の緊張した顔を見てふっと笑い、ペンを持ち直した。

「もちろん商品名や広告まで決めるわけじゃない。そこはこの先、みんなで作る。でも最初の軸だけは、君たち二人に任せたい」


“二人に任せたい”。

その言葉は嬉しかった。
……嬉しかったけど。

隣を見ると、木ノ下くんは相変わらず落ち着いた顔で話を聞いている。

私だけが勝手に緊張しているみたいだった。


「……はい」

「分かりました」

私と木ノ下くんは、そこから目を合わせることはなかった。




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