『胡蝶の夢』に囚われて ― 夢か現か幻か ―

1 ◇永堀文世が大学を卒業した日


 最初は女子グループで集い別れを惜しみ、次に少し交流のあった男子学生たち3人と、卒業と
就職という新たな船出を祝い合った。


 やがて1人、また1人と輪の中から抜けてゆき、気づけば、その場に残っていたのは山倉美並と私だけになっていた。

 
 美並とはゼミで知り合い、自然と親しくなった。

 
 私たちは、時々構内で会った時に話す程度の間柄で──
普段、大学では別のクラスだったため、あまり一緒につるむことはなかった。

 ふたりきりになれて喜びの余韻に浸っていた時、美並の携帯が鳴った。


「彼から?」

「うん、門のところまで迎えに来てくれたみたい。悪いけどわたし行くね」

「オーケー。また連絡するよ」

「うん、じゃあごめんね。また……」

 私は、座ったところから美並を見送った。

『美並は在学中からステディな彼氏がいて、ずっと毎日愛され上手な幸せいっぱいの女子だ』

――とはいえ、私だって交際を申し込んでくれる男子の1人や2人はいたけどね、っていいたいところだけど。

 何て言うのかなぁ、まだ好きな人っていうか夢中になれる人に出会ってないせいだと思うけどっ、ていうか思いたいけど――
こんな心の不感症を患っているようじゃ、自分は一生結婚なんてしないのかもね。

 そんな風に寂しいことを思いつつ──
さてと、私もぼちぼち帰ろうと椅子から立ち上がろうとしたところへ、同級生の渋谷圭悟(しぶやけいご)から
声を掛けられた。


 彼とは同志社・社会学部・社会学科のゼミで2年3年と合同で同じクラスになり、4回生だけで
授業を取るゼミでも同じクラスになったことがある。

 だが、ただの一度も個人的に親しく会話をしたことのない相手である。

 そんなほとんど在学中、個人的に話をしたことのない渋谷から、卒業式の後のパーティーで文世は声を掛けられたのだった。

 髪の色は薄い茶色で、ゆるくパーマがかった長髪。

 そして、クールな印象を与える切れ長二重瞼の魅力的な目元をしており、その瞳にはやさしい色を湛えている。
そんな彼は知的なオーラを纏っていた。

 更にそこには少しの色気が加わり、女子にかなり人気があることは、奥手の文世でも知っていた。

 もちろん、直接話したことのない相手である。
 だから、渋谷に話し掛けられた時、文世は内心驚きを隠せなかった。

 何事かと……。


 何故なら、自分は男子から誘いを受けるような類の女子にカテゴライズされないからだ。


 大学生になると男女ともに多少は色気づき、自分磨きに余念がない。
 親に財力のある者は特にその傾向が見受けられやすい。

 女子なら、高価な洋服に鞄や靴と、あきらかにお金を掛けているのが分かる。

 男子であれば収入もないのに、それなりにハイクラスの車を乗りこなしていたりする。

 もちろん、意中の綺麗な女子学生を乗せてブイブイいわすためだ。

 そのように一部であれ、煌びやかな学生生活を送っている学生たちの中で、文世はその他大勢の女子と同じように平凡という枠に収まり、卒業まで学生生活を過ごしてきた。

 ようするに、ある意味意図的に、地味で目立たぬよう、大学生活を
過ごしてきたのだ。

 そんな文世は、自分に声を掛けてきた──
きれいな切れ長の魅惑的な瞳を携えている人物を見上げた。

          ◇ ◇ ◇ ◇

「永堀さん、ここいいかな?」
 そう訊くや否や、彼は私の隣の席に腰掛けた。

 断られるなんて1mmも考えていないような振る舞いだった。

「渋谷くん、いいの? 私の隣になんて1人っきりで座られたら、他の女子から妬まれて私──
怖いんですけど」

「ははっ、心にもないこと言っちゃって。俺の目は誤魔化せないよ」

『はぁ~? 知ったふうなことを……』

「確か私たちってゼミが被っていて3年間一緒だったよね?」

「その割にほぼほぼ接点というか、接触がなかったよね」

「うん、そうね。渋谷くんって高嶺の花っていうか、結構狙ってる女子が多くって、覚悟もなしに親しくなんてしたらどんなことになるやら、それを考えると気楽に話なんてできなかったのよ?」

「言うよね~。まっ、そういうことにしておきましょっ」


「人気者で渋谷くんと話したい女子がいっぱいいるのに、その隙間を縫って
私の隣にわざわざ来ているのは何故なのかな?」


「普通はさ、卒業式に異性から声がかかるとその意味は大抵の場合1つしかないと思うんだけど、永堀さんって自惚れないタイプか、同性愛者なのか、はたまた人見知りタイプなのか、どれなんだろうね」

「そりゃあ、3つめでしょ」

「「ははっ」」


「よく言うよ。まっ、そういうことにしときましょ。
いやまぁ、何で君に声を掛ける気になったのか自分でもわからないけど……
いや、違うな。ずっとチャンスがあれば話をしたいなって思ってたんだよね」

「告白でもなさそうなのに、どうして……」

「君の中に、自分の中にある同じような片鱗が隠されているのに
気が付いたからかな」

「同じような片鱗? なんだろう」

「サイコパス」

「サイコパス? なぁ~にそれ、ヤなこと言わないでよ」










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