『胡蝶の夢』に囚われて ― 夢か現か幻か ―
11 ◇【LINE着信音】



 だが、人生そうは問屋がおろさなかった……。

 その日も、文世は定時あがりで20時頃には自室でまったりと過ごしていた。



          ◇ ◇ ◇ ◇



 この時、息子の雅也は同じ敷地内に建っている母親のところで、飼い猫の

ミーとの触れ合いの時間を過ごしていた。


 今日も帰宅後は息子と一緒に食卓を囲み、学校で『あんなことがあってこんなこと

をしたんだ』と楽しく話してくれる雅也の話を聞きながら食事を終えた。



 夫の貴史が定時で帰宅することは珍しく、夫の食事タイムにもう一度文世は

軽くサラダを食べたりお茶を楽しんだりしつつ、これまで工夫をして夫婦の時間を

大切にしてきた。



『今夜は何時ごろ帰ってくるかしら』

 そんな風に軽くストレッチをしつつ、夫の帰宅を待っていたときのこと。

 

 LINEの着信音が鳴った。


「仕事がやっと終わった。いつものところで待ってるよ~」


 夫からのLINEに──私は嫌なものを感じた。



『いつものところ……か』

 これから帰宅すればいいだけの妻に、こんな文面を送り付ける旦那もいないよね。

 世界中どこ探したってさ。


 探したら、何人かはいるのか?
 

 私は母親に連絡を入れ、近所に出掛けて来る旨を伝えた。


 わかっているのに、私はわざわざ時々モーニングや、時間のできた時に行く

近所のカフェへ出掛けてみた。

 現在の……私たちが一緒に行く『いつものところ』はそこしか思いつかなかったから。



 ゴールドカフェで私はココアを飲みながら90分粘り、当然来ないであろう夫を

待ち、空しい時間を潰して帰宅した。



 もちろん、夫はまだ帰宅していない。



 私に間違ったLINEを送り付けた夫が帰宅したのは、24時を少し過ぎた頃だった。


 母親の家から戻っていた息子は、入浴をすませ、とっくに寝ている。



 私がリビングで待っていると、ドアを開け夫が部屋に入ってきた。


「ただいま」


「ん、お帰りなさい」


「文ちゃん、えっと俺からの変なLINE読んだ?」


「うんっ、読んだね……」


「あれね、その……勘違いして送っちゃったんだ」


「私じゃない、誰かに送りたかったってことかな」



「いや、そうじゃなくて。

 帰り際に、となりの席のヤツとふざけててつい送信してしまっただけ……。

 あんなの、誰にも送ってないからさ」



「へぇ~、そうなんだぁ~。貴史、なんだか怪しいなぁ~。

 私さ、そんなの知らないから『いつものところ』で待ってたんだよ~」



 冷や汗をかきながら私の話を聞いていた夫は──

『いつものところで待ってたんだよ~』のくだりを聞くと、能面のような

表情に変わった。



 そして彼はすぐに元のにこやかな表情に戻った。


 だけど、私にはすぐにわかった。

 夫がかなりドギマギしていることが。


「それっ、冗談だよね?」



「うんっ、バレちゃったか──」


「だよね、文ちゃんが行くはずないと思ったよ」


『なにそれ、どういう根拠だよ』


「うちの会社ってね、不貞に厳しい会社だから気をつけてね」


『特に、娘の相手が他の女と浮気なんてしていたら、首にするどころじゃなくて、

父親(社長)が情け容赦なく慰謝料やらなんやら奪い取り、今後まともなところへは

就職もできなくするわよ~。たぶんわかってないよね、あなた。  

 私の父親がどんだけ娘LOVEかだなんて』


 ふわっとした言い方ではあるものの、私は夫にそれとなく釘を刺した。



「大丈夫だよ。俺は奥さん一筋だもん」


「そっ? じゃあまぁ、そういうことにしておきましょっ」


「文ちゃん、まじ俺はそんなこと何もないからね。

 じゃあ俺、着替えてくるわ」

 そう言いおいて、夫は別室へと消えて行った。



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