『胡蝶の夢』に囚われて ― 夢か現か幻か ―
17 ◇安っぽいはじまり

 それ以前にも残業した時に、車で二度ほど自宅の近くまで送ってもらったことがあったため、
一緒に車に乗って送ってもらうということに対して、蓉子は無防備になっていた。

 そんな風にワーキングライフを過ごしていた或る日の土曜日のこと……。


          ◇ ◇ ◇ ◇


 仕事が終わり帰ろうとすると、同僚の春子と奥田が出入口近辺に設置してあるソファーに座り何やら楽し気に会話していた。

 帰ろうとしていた蓉子だったが、春子に誘われる体で彼女の横に座り、奥田を前に3人で雑談にふけった。

 3、40分ほど、楽しく雑談をしただろうか……。
 ひとしきり皆でしやべりまくり、さてと3人が腰を上げ帰り支度に入る。

 社屋を出る段になり、奥田が蓉子と春子に『送ってあげるよ』と言った。


 楽しい雑談の時間を過ごしたあとでもあったし、同僚の春子も同乗することで蓉子は何も考えることなく普通に車に乗った。


 春子は会社の最寄り駅で降りた。

 蓉子も『じゃあ、私もここで』と言ったのだが『明日は休みだし、家の近くまで送っていくから』と言われ、蓉子はなんとなく断りずらいこともあり、その提案を受け入れた。

 ふたりのとりとめのない会話を弾ませながら、車は走り続けた。

 いつものことだが、運転免許を持たない蓉子は、山の中を抜けて帰る自宅への道順が良くわからなくなることがある。



『あれっ? この道通って帰ってましたっけ』などとのんきなことを上司に向けて尋ねていたら、
なにやらホテルが見えてきて、蓉子はようやく上司の企みに気付いた。

 そして──思う間もなく、車はホテルにinしてしまう。

 ふたりの関係が始まったのは、こんなくだらないどこにでも転がっている
安っぽいシチュエーションではじまった。

 ただ、暴れて大泣きして持っていた鞄を叩きつけてホテルの従業員のところまで駆け込んでもよかった。

 だが──蓉子の中にあった小さな迷いが、結局は奥田の巧妙な……それでいて茶番のような周到に準備されていた計略に、まんまと乗ってしまうはめになってしまった。

 そして一度身体の関係を持つと、不思議なくらい蓉子は奥田を好きになっていったのだった。
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