監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない
ルークは時空の監視者の制服ではなく、なぜか普段着で自分に向かって軽く手を挙げている。
おかしい。火急の要件を伝えに来たわけでもないのに、わざわざ自分を探すなど、どんな風の吹き回しだろうか。
「こんなところで何をしている?」
「へぇー、随分、手際が良いですねー。先輩」
無駄に語尾を伸ばしながら、自分の手元を覗き込む部下に、肩を竦ませる。目ざとい奴だ。
「でも、これ彼女は受け取るかなぁ?」
あっけらかんとした口調とは裏腹に、含みがある言葉が気にかかる。
「何が言いたいんだ?」
「いやー。純粋な疑問ですよ。先輩」
純粋さなど微塵も感じられない物言いに、じろりと睨みつけながら口を開いた。
「受け取るに決まっているだろう」
さあどうですかね?と意味ありげに笑みを浮かべるルークに、無意識に歩幅を詰める。
普段なら、こうすれば大概のことはぺろりと胸の内を白状する奴だが、今日に限っては違った。
「だって彼女屋敷から逃げたし」
「逃げた……だと?」
随分、間の抜けた声だ。頭の隅でそんなことを考えていたら、ルークが笑いながら再び口を開いた。
「あーごめんごめん。僕が扉を開けたんでした」
それを聞いた瞬間、気付いたらルークを殴り飛ばしていた。
「……お前、今日が10日目ってわかっててやったのか!?」
「もちろん、知ってますよ」
石畳に尻もちをついたまま手の甲で唇の血を拭うルークは、飄々とそう言った。
そして、事実を受け止めきれなず呆然とする自分に、言葉を重ねる。
「こっちの気も知らないお嬢さんに、僕、ちょっとイラついてるんです。あのお嬢さん、名前すら言わない。やる事成すこと全部反発するし、自分だけ不幸だと思っている。そんなお嬢さんには、ちょっと痛い思いをしてわからせないといけないかなって思いましてさ」
「余計なことをするなっ」
我に返ってそう怒鳴りながらも、これ以上、ルークを強く叱責できない。
なぜなら、目の前の部下はこちら側の気持ちを代弁しているからだ。
一度も口にすることはなかった。でも、苛立ちのあまりいっそ、そうしてみようかと思ったことを、ルークは自分の代わりに実行したのだ。けれどそれは、やり過ぎだ。
急いで彼女を見付けなければ、間に合わない。そう思った時には馬を駆け、街を走り抜けていた。
待ち行く市井の者に尋ねる必要はない。彼女が向かう場所は一つしかない。
彼女はきっと元の世界に戻ろうと、あそこへ向かったのだ。二度と戻ることはできないという自分の言葉を信じることはせず、己の目で確かめに行ったのだろう。
屋敷から花畑までは、かなりの距離がある。あの細い身体で徒歩で向かったなど考えにくい……と、一瞬思ったが、きっと彼女なら意地でもあそこにたどり着くだろうと確信する。
彼女はいつもそうだ。意志が強く、時には突拍子もないことをする。見た目の儚さとは裏腹に、その行動力にいつも驚かされる。
仮に彼女を見付けることができなければ、彼女のあの漆黒の髪も、気の強い眼差しも、組み敷いたときの柔らかい身体も、自分だけが知る彼女の中の熱さも 全部消えて無くなるのだろうか。跡形もなく、まるで幻だったかのように。
ただの骸となった彼女を想像した途端、刺すような戦慄が身体中を駆け巡った。
頼む、頼むから、間に合ってくれ。そう心の中で叫びながら、がむしゃらに馬を走らせ、太陽が沈む直前に花畑に辿り着くことができた。
馬を降りて、視線を少し彷徨わせば、花の色の中に漆黒がちらりと見えた。まっすぐそこに足を向ければ、仰向けに倒れている彼女がいた。
「気が済んだか?」
息も絶え絶えになっている彼女に、そう問いかけてみる。そうすれば、天使はくしゃりと顔を歪めた。
彼女が声にならない声で自分を拒んでいるのを、痛い程に感じる。
それでも自分は、彼女に手を伸ばす。これは自分が絶対に手離してはいけないもの。
たとえ彼女の生まれ育った世界がここではないとしても、自分の命を削り、魂を捧げた人間が最後に辿り着く場所が、こんなところなんかであってたまるものか。
だから、この手を振り払われようとも、今の望みは一つだけだ。
彼女が生きてくれれば良い。──……もう、それだけだ。
おかしい。火急の要件を伝えに来たわけでもないのに、わざわざ自分を探すなど、どんな風の吹き回しだろうか。
「こんなところで何をしている?」
「へぇー、随分、手際が良いですねー。先輩」
無駄に語尾を伸ばしながら、自分の手元を覗き込む部下に、肩を竦ませる。目ざとい奴だ。
「でも、これ彼女は受け取るかなぁ?」
あっけらかんとした口調とは裏腹に、含みがある言葉が気にかかる。
「何が言いたいんだ?」
「いやー。純粋な疑問ですよ。先輩」
純粋さなど微塵も感じられない物言いに、じろりと睨みつけながら口を開いた。
「受け取るに決まっているだろう」
さあどうですかね?と意味ありげに笑みを浮かべるルークに、無意識に歩幅を詰める。
普段なら、こうすれば大概のことはぺろりと胸の内を白状する奴だが、今日に限っては違った。
「だって彼女屋敷から逃げたし」
「逃げた……だと?」
随分、間の抜けた声だ。頭の隅でそんなことを考えていたら、ルークが笑いながら再び口を開いた。
「あーごめんごめん。僕が扉を開けたんでした」
それを聞いた瞬間、気付いたらルークを殴り飛ばしていた。
「……お前、今日が10日目ってわかっててやったのか!?」
「もちろん、知ってますよ」
石畳に尻もちをついたまま手の甲で唇の血を拭うルークは、飄々とそう言った。
そして、事実を受け止めきれなず呆然とする自分に、言葉を重ねる。
「こっちの気も知らないお嬢さんに、僕、ちょっとイラついてるんです。あのお嬢さん、名前すら言わない。やる事成すこと全部反発するし、自分だけ不幸だと思っている。そんなお嬢さんには、ちょっと痛い思いをしてわからせないといけないかなって思いましてさ」
「余計なことをするなっ」
我に返ってそう怒鳴りながらも、これ以上、ルークを強く叱責できない。
なぜなら、目の前の部下はこちら側の気持ちを代弁しているからだ。
一度も口にすることはなかった。でも、苛立ちのあまりいっそ、そうしてみようかと思ったことを、ルークは自分の代わりに実行したのだ。けれどそれは、やり過ぎだ。
急いで彼女を見付けなければ、間に合わない。そう思った時には馬を駆け、街を走り抜けていた。
待ち行く市井の者に尋ねる必要はない。彼女が向かう場所は一つしかない。
彼女はきっと元の世界に戻ろうと、あそこへ向かったのだ。二度と戻ることはできないという自分の言葉を信じることはせず、己の目で確かめに行ったのだろう。
屋敷から花畑までは、かなりの距離がある。あの細い身体で徒歩で向かったなど考えにくい……と、一瞬思ったが、きっと彼女なら意地でもあそこにたどり着くだろうと確信する。
彼女はいつもそうだ。意志が強く、時には突拍子もないことをする。見た目の儚さとは裏腹に、その行動力にいつも驚かされる。
仮に彼女を見付けることができなければ、彼女のあの漆黒の髪も、気の強い眼差しも、組み敷いたときの柔らかい身体も、自分だけが知る彼女の中の熱さも 全部消えて無くなるのだろうか。跡形もなく、まるで幻だったかのように。
ただの骸となった彼女を想像した途端、刺すような戦慄が身体中を駆け巡った。
頼む、頼むから、間に合ってくれ。そう心の中で叫びながら、がむしゃらに馬を走らせ、太陽が沈む直前に花畑に辿り着くことができた。
馬を降りて、視線を少し彷徨わせば、花の色の中に漆黒がちらりと見えた。まっすぐそこに足を向ければ、仰向けに倒れている彼女がいた。
「気が済んだか?」
息も絶え絶えになっている彼女に、そう問いかけてみる。そうすれば、天使はくしゃりと顔を歪めた。
彼女が声にならない声で自分を拒んでいるのを、痛い程に感じる。
それでも自分は、彼女に手を伸ばす。これは自分が絶対に手離してはいけないもの。
たとえ彼女の生まれ育った世界がここではないとしても、自分の命を削り、魂を捧げた人間が最後に辿り着く場所が、こんなところなんかであってたまるものか。
だから、この手を振り払われようとも、今の望みは一つだけだ。
彼女が生きてくれれば良い。──……もう、それだけだ。