監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない
再び捕らわれて
人は記憶をする生き物だ。記憶を刻んだ時と同じ光景を目にすると、何度だって思い出すことができる。……いいものも、悪いものも。
西の空は夕焼けで茜色。東の空には夜の帳が下り始めて濃紺色。
夜明けとは違う、切なさと寂しさを滲ませたこの空を見上げることが、私は大好きだった。でも、もう二度とこの空を見て美しいと思うことはないのだろう。
この世界に来て、私は大切なものを沢山奪われた。身体の純潔はもちろんだけれど、バルドゥールは、こういった目に見えないものまでも、容易に踏みつぶしていく。
あといくつ奪われるのだろう。あといくつ醜い記憶に塗り替えられるのだろう。
私は大切にしているものなど、あまり持っていない。目に映るもの全てが色を無くし、闇に染まるのは時間の問題だ。
その時、私はどうなってしまうのだろう……。
「逃げられるとでも思ったのか?」
夕焼けの空の色よりも、もっと鮮やかな朱色の髪を持つ獣は、情身の無い顔つきで私の心を刺す。
そうだ、その通り。私は逃げられると思った。元の世界に戻れると思った。もう一度やり直せると思った。……でも、できなかった。
この人は私に答えを求めているわけではない。そうすることで、自分の正しさを誇示しているだけだ。その証拠に、私の返事など待つことなく再び口を開く。
「これでわかっただろう。もうお前は二度と元の世界には戻れない。この現実を受け入れろ」
何度も言われたこの言葉だけれど、今が一番、骨身に応えた。
バルドゥールはそれ以上は口を開かず、両手を伸ばして私を自分の腕の中に抱え込む。
そして私の顎を掬い取り、荒々しく唇を押し付けた。力づくで舌をねじ込まれ、指先一つ動かせない私は、ただそれを甘受するしかない。
いつもそうだ。バルドゥールに力づくで、好き放題されると悔しさで涙が滲む。
きっと彼はこのまま私を押し倒し、あの日と同じように、私に苦痛を与えるのだろう。
そう覚悟したけれど、バルドゥールは私を荷物のように片手で抱えたまま立ち上がると、歩き始めたのだ。
花畑から離れれば離れるほど、呼吸ができるようになる。
ああ、やっぱりここは危険な場所だったのだ。そんな確信を得た途端、大きな馬に覗き込まれてしまった。馬は私に興味があるのか、ふんふんと鼻先を擦り付ける。
元の世界でも馬を間近で見たことがない私は、そのまま齧られそうな不安がよぎり、身体が強張ってしまう。
「オリバー、その辺にしとけ」
私に向ける声音の10倍は柔らかい口調で馬を制したバルドゥールは、私を抱えたまま馬に跨り、駆け出した。向かう先は、私にとったら牢獄──彼の屋敷に間違いない。
オリバーは、真っすぐ目的地へ向けて駆けていく。
馬の脚は早い。あっという間に屋敷までの距離を縮めていく。自分の意志とは関係なく引き戻される感覚に、心が引きちぎられそうだ。
もういっそ、一思いに監禁して好きなだけ私を抱きつぶせばいい。そんな自暴自棄な気持ちになっていたけれど、バルドゥールは何度もオリバーの足を停め、私に口付ける。何度も何度も舌を入れて口内を蹂躙する。
「……こんなところで、……し……しないで」
私はバルドゥールの胸と腕で視界を遮られているけれど、きっと誰かが私達を見ているだろう。
公衆の面前で深い口付けを受ける。こんな恥ずかしいことはない。けれど、彼の口から出た言葉は予想通りだった。
「黙れ。お前の気持ちなど知ったことか」
踏みつぶされた私の懇願が、砕け散って消えていく。やっぱりと思う反面、それでも、馬に掛ける言葉より、きつい口調だったことに傷付く自分がひどく滑稽だった。
私は、バルドゥールからすれば馬以下の存在だったのだ。
そういえば、ルークに私は家畜だと言ったら彼は気を悪くした。そうか、私は自分を卑下する言葉を吐いたことに彼を苛立たせたと思ったけれど、そうじゃなかったんだ。
ルークは、私の存在は家畜にも及ばないと言いたかったんだ。
もう、何も見たくない、聞きたくない。そんな気持ちで私は固く目を瞑る。
風を切る感覚も、オリバーの揺れに合わせて、私を抱きしめるバルドゥールの腕も、何も感じたくはない。
ああ、そうだった。私は、辛いことから逃げるために、心を殺す術を知っていた。なぜ忘れていたのだろう。そうすれば良かったんだ。
楽になる術を思い出した私は自分を硬い石だと思い込み、更に強く目を閉じた。
そうすればバルドゥールの口付けも、連れ戻される絶望感も、これから自分の身に起こることへの恐怖すら、何も感じることはなかった。
きっとバルドゥールは、屋敷に戻った途端、私を蹂躙するのだろう。逃げ出した折檻も含まれるから、それはそれは酷く激しく痛く私を抱くのだろう。
想像する未来は地獄でしかないけれど、もう、どうでも良かった。
西の空は夕焼けで茜色。東の空には夜の帳が下り始めて濃紺色。
夜明けとは違う、切なさと寂しさを滲ませたこの空を見上げることが、私は大好きだった。でも、もう二度とこの空を見て美しいと思うことはないのだろう。
この世界に来て、私は大切なものを沢山奪われた。身体の純潔はもちろんだけれど、バルドゥールは、こういった目に見えないものまでも、容易に踏みつぶしていく。
あといくつ奪われるのだろう。あといくつ醜い記憶に塗り替えられるのだろう。
私は大切にしているものなど、あまり持っていない。目に映るもの全てが色を無くし、闇に染まるのは時間の問題だ。
その時、私はどうなってしまうのだろう……。
「逃げられるとでも思ったのか?」
夕焼けの空の色よりも、もっと鮮やかな朱色の髪を持つ獣は、情身の無い顔つきで私の心を刺す。
そうだ、その通り。私は逃げられると思った。元の世界に戻れると思った。もう一度やり直せると思った。……でも、できなかった。
この人は私に答えを求めているわけではない。そうすることで、自分の正しさを誇示しているだけだ。その証拠に、私の返事など待つことなく再び口を開く。
「これでわかっただろう。もうお前は二度と元の世界には戻れない。この現実を受け入れろ」
何度も言われたこの言葉だけれど、今が一番、骨身に応えた。
バルドゥールはそれ以上は口を開かず、両手を伸ばして私を自分の腕の中に抱え込む。
そして私の顎を掬い取り、荒々しく唇を押し付けた。力づくで舌をねじ込まれ、指先一つ動かせない私は、ただそれを甘受するしかない。
いつもそうだ。バルドゥールに力づくで、好き放題されると悔しさで涙が滲む。
きっと彼はこのまま私を押し倒し、あの日と同じように、私に苦痛を与えるのだろう。
そう覚悟したけれど、バルドゥールは私を荷物のように片手で抱えたまま立ち上がると、歩き始めたのだ。
花畑から離れれば離れるほど、呼吸ができるようになる。
ああ、やっぱりここは危険な場所だったのだ。そんな確信を得た途端、大きな馬に覗き込まれてしまった。馬は私に興味があるのか、ふんふんと鼻先を擦り付ける。
元の世界でも馬を間近で見たことがない私は、そのまま齧られそうな不安がよぎり、身体が強張ってしまう。
「オリバー、その辺にしとけ」
私に向ける声音の10倍は柔らかい口調で馬を制したバルドゥールは、私を抱えたまま馬に跨り、駆け出した。向かう先は、私にとったら牢獄──彼の屋敷に間違いない。
オリバーは、真っすぐ目的地へ向けて駆けていく。
馬の脚は早い。あっという間に屋敷までの距離を縮めていく。自分の意志とは関係なく引き戻される感覚に、心が引きちぎられそうだ。
もういっそ、一思いに監禁して好きなだけ私を抱きつぶせばいい。そんな自暴自棄な気持ちになっていたけれど、バルドゥールは何度もオリバーの足を停め、私に口付ける。何度も何度も舌を入れて口内を蹂躙する。
「……こんなところで、……し……しないで」
私はバルドゥールの胸と腕で視界を遮られているけれど、きっと誰かが私達を見ているだろう。
公衆の面前で深い口付けを受ける。こんな恥ずかしいことはない。けれど、彼の口から出た言葉は予想通りだった。
「黙れ。お前の気持ちなど知ったことか」
踏みつぶされた私の懇願が、砕け散って消えていく。やっぱりと思う反面、それでも、馬に掛ける言葉より、きつい口調だったことに傷付く自分がひどく滑稽だった。
私は、バルドゥールからすれば馬以下の存在だったのだ。
そういえば、ルークに私は家畜だと言ったら彼は気を悪くした。そうか、私は自分を卑下する言葉を吐いたことに彼を苛立たせたと思ったけれど、そうじゃなかったんだ。
ルークは、私の存在は家畜にも及ばないと言いたかったんだ。
もう、何も見たくない、聞きたくない。そんな気持ちで私は固く目を瞑る。
風を切る感覚も、オリバーの揺れに合わせて、私を抱きしめるバルドゥールの腕も、何も感じたくはない。
ああ、そうだった。私は、辛いことから逃げるために、心を殺す術を知っていた。なぜ忘れていたのだろう。そうすれば良かったんだ。
楽になる術を思い出した私は自分を硬い石だと思い込み、更に強く目を閉じた。
そうすればバルドゥールの口付けも、連れ戻される絶望感も、これから自分の身に起こることへの恐怖すら、何も感じることはなかった。
きっとバルドゥールは、屋敷に戻った途端、私を蹂躙するのだろう。逃げ出した折檻も含まれるから、それはそれは酷く激しく痛く私を抱くのだろう。
想像する未来は地獄でしかないけれど、もう、どうでも良かった。