監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない
口付けを拒んだ対価
自分は今、誰かのつま先で海に蹴落とされた小石なんだと思い込む。
ぽちゃんと小さな水しぶきを立てた後は、ぶくぶくと空気を吐き出しながら、ゆっくりと水底へと沈んでいく。全ての神経を弛緩させ、徐々に強くなる水圧にゆったりと身を任せる。
それは言葉にできない解放感だった。
想像でしかないはずのこの感覚が、とても心地よい。ずっとずっと、このままでいたい──そう思っていたのに、誰かが私の肩を強く揺さぶった。
「おいっ。目を開けろ!」
嫌だ。このまま、放っておいて欲しい。
「目を覚ませっ。戻ってこい!」
耳元で切迫した大声を出され、更に肩を強く揺さぶられる。
それでも目を開ける気にはならない。もっともっと深いところに沈みたい。
「……頼む、どこにも行かないでくれ」
聞いているこちらの胸が痛くなるような、悲しげな声だ。
温かく大きなものが私の頬を包んだかと思えば、私の瞼にぽたりと雫が落ちた。驚いて目を開ければ、そこには今までに見たこともない表情のバルドゥールがいた。
私の頬を包んでいたのは、バルドゥールの手だったのだ。それに戸惑いを覚えて、そっと視線を外せば、見慣れない光景に瞬きを繰り返す。
てっきり彼の屋敷の、真っ白な牢獄に連れ戻されたのだと思った。
けれど、ここはあの部屋じゃない。弱々しいランプの明かりで壁紙すら貼られていない剥きだしの木目の壁が見える。
それに私が寝かされているベッドは、硬く少し動くだけでキィキィと小さな悲鳴を上げる粗末なもの。シーツの手触りも、ごわごわしている。
ここは一体何処なのだろう?そんなことを考えていたら、大きな手が私の顎を掴み、強引に視線を戻される。
当然のように視線がぶつかる。やるせなさと焦燥。悲しみも隠すことなく、バルドゥールの金色の瞳が目の前で揺れていた。
どうして、彼はこんな表情をしているのだろう。わからない。
言葉無く彼をぼんやりと見つめれば、不意に掠めるような口づけが落とされた。羽のように軽い口づけに驚いたのもつかの間、激しい口づけに襲われた。
「っ……嫌!」
呼吸がうまくできない息苦しさと、物のように扱われる不快さで、バルドゥールから逃れたくて強く首を振る。けれど、彼は更に激しく舌を動かす。
「舌の絡ませ方は教えたはずだ。もう一度、教えて欲しいのか?」
突然、唇が離れたと思ったら、そんな恥辱の塊のような言葉が降ってきた。
その言葉であの日の屈辱が蘇る。何が教えた、だ。私が覚えたのは──これだ。
「っ……!?」
口の中には、歯という凶器が潜んでいる。私は手加減なしにバルドゥールの舌を噛もうとした。けれど、うまくいかず彼の唇に歯を当ててしまった。
バルドゥールの唇から微かに血が滲んでいる。私のせいだ。私が勢い余って噛みついたから。それに気付いた途端、身体が凍り付いた。
「お前は、俺の口付けすら拒むのだな」
押し殺した声音に、制御出来ない怒りが込められていた。
私は何度も自分の言動でバルドゥールを苛立たせ、彼は隠すことなく怒りを露わにしてきた。けれど、ここまで怒らせたことはなかった。
やりすぎたと、素直に謝罪をしなければならない。そう頭では分かっていても、もう引くに引けなかった。
「ええ。ここまでしないと分からないんですか?」
口に出した途端、この野獣に向かって良く言えたものだと自分でも驚いてしまう。けれど本当は、恐ろしさでいてもたってもいられない。
そんな私に向かって、バルドゥールは金色の瞳を細め、こう言い放った。
「それなら、それでいい」
素早い動きで、バルドゥールは私の足の間に潜り込んだ。
まさか噛み付いた仕返しに、ここを齧られるのか。この人なら怒りに任せてやりかねない。
恐怖で顔が歪む。身動きが取れないまま、私はギュッと目をつぶった。
「っ……え?……あっ」
それは衝撃だった。痛みではなく、ぬるりとした暖かく柔らかい舌で愛撫をされたのだ。
「………お願い。やめて」
これは、公衆の面前で口付けされるよりも、もっともっと恥ずかしいことだ。
身体を捩り、足を閉じようとしても、バルドゥールは決して離してはくれない。
「唇への口付けを拒んだのだから、文句は言わせない」
荒々しい口調で感情を剥き出しにしていないのに、ナイフを突きつけられているみたいだ。
バルドゥールは再び愛撫を始める。丁寧すぎるそれに、私はどれだけ唇を噛み締めても、声が漏れてしまう。
「……嫌、お願い。……やめて」
無理矢理引き出される感覚は、心を丸裸にされるような恥ずかしさと屈辱だった。気付けば、私は顔を覆って泣いていた。
「それ程までに、嫌なのか?」
刺激が止み、足の拘束が解かれたと思ったら、そんな質問が降ってきた。
「……怖い……それ、怖いの」
虚勢を張ることもできない弱々しい、でも心からの本音が口からこぼれる。
バルドゥールにそうされるのも、もちろん嫌だ。でもそれよりも、この感覚の先に強引に連れていかれることの方の怖かった。
身体を丸め、子供のように泣きじゃくる私に、バルドゥールはこれ以上、刺激を与えることはしなかった。
けれど、彼は私から離れる気配はない。どうしてもバルドゥールは、私を抱かなければ気が済まないらしい。
言葉なく行為が始まって、辛く苦しいだけの時間を絶えないといけないと思った。でも私は、自分の身体の奥が、なにか疼いていることに気づいてしまった。
その疼きが何か……一瞬よぎった答えにぞっとした。
私はこんなふうに彼に抱かれているのに、身体が快感を覚えようとしているのだ。そんな自分に吐き気がした。今すぐ自分を縊り殺したくなった。
ぽちゃんと小さな水しぶきを立てた後は、ぶくぶくと空気を吐き出しながら、ゆっくりと水底へと沈んでいく。全ての神経を弛緩させ、徐々に強くなる水圧にゆったりと身を任せる。
それは言葉にできない解放感だった。
想像でしかないはずのこの感覚が、とても心地よい。ずっとずっと、このままでいたい──そう思っていたのに、誰かが私の肩を強く揺さぶった。
「おいっ。目を開けろ!」
嫌だ。このまま、放っておいて欲しい。
「目を覚ませっ。戻ってこい!」
耳元で切迫した大声を出され、更に肩を強く揺さぶられる。
それでも目を開ける気にはならない。もっともっと深いところに沈みたい。
「……頼む、どこにも行かないでくれ」
聞いているこちらの胸が痛くなるような、悲しげな声だ。
温かく大きなものが私の頬を包んだかと思えば、私の瞼にぽたりと雫が落ちた。驚いて目を開ければ、そこには今までに見たこともない表情のバルドゥールがいた。
私の頬を包んでいたのは、バルドゥールの手だったのだ。それに戸惑いを覚えて、そっと視線を外せば、見慣れない光景に瞬きを繰り返す。
てっきり彼の屋敷の、真っ白な牢獄に連れ戻されたのだと思った。
けれど、ここはあの部屋じゃない。弱々しいランプの明かりで壁紙すら貼られていない剥きだしの木目の壁が見える。
それに私が寝かされているベッドは、硬く少し動くだけでキィキィと小さな悲鳴を上げる粗末なもの。シーツの手触りも、ごわごわしている。
ここは一体何処なのだろう?そんなことを考えていたら、大きな手が私の顎を掴み、強引に視線を戻される。
当然のように視線がぶつかる。やるせなさと焦燥。悲しみも隠すことなく、バルドゥールの金色の瞳が目の前で揺れていた。
どうして、彼はこんな表情をしているのだろう。わからない。
言葉無く彼をぼんやりと見つめれば、不意に掠めるような口づけが落とされた。羽のように軽い口づけに驚いたのもつかの間、激しい口づけに襲われた。
「っ……嫌!」
呼吸がうまくできない息苦しさと、物のように扱われる不快さで、バルドゥールから逃れたくて強く首を振る。けれど、彼は更に激しく舌を動かす。
「舌の絡ませ方は教えたはずだ。もう一度、教えて欲しいのか?」
突然、唇が離れたと思ったら、そんな恥辱の塊のような言葉が降ってきた。
その言葉であの日の屈辱が蘇る。何が教えた、だ。私が覚えたのは──これだ。
「っ……!?」
口の中には、歯という凶器が潜んでいる。私は手加減なしにバルドゥールの舌を噛もうとした。けれど、うまくいかず彼の唇に歯を当ててしまった。
バルドゥールの唇から微かに血が滲んでいる。私のせいだ。私が勢い余って噛みついたから。それに気付いた途端、身体が凍り付いた。
「お前は、俺の口付けすら拒むのだな」
押し殺した声音に、制御出来ない怒りが込められていた。
私は何度も自分の言動でバルドゥールを苛立たせ、彼は隠すことなく怒りを露わにしてきた。けれど、ここまで怒らせたことはなかった。
やりすぎたと、素直に謝罪をしなければならない。そう頭では分かっていても、もう引くに引けなかった。
「ええ。ここまでしないと分からないんですか?」
口に出した途端、この野獣に向かって良く言えたものだと自分でも驚いてしまう。けれど本当は、恐ろしさでいてもたってもいられない。
そんな私に向かって、バルドゥールは金色の瞳を細め、こう言い放った。
「それなら、それでいい」
素早い動きで、バルドゥールは私の足の間に潜り込んだ。
まさか噛み付いた仕返しに、ここを齧られるのか。この人なら怒りに任せてやりかねない。
恐怖で顔が歪む。身動きが取れないまま、私はギュッと目をつぶった。
「っ……え?……あっ」
それは衝撃だった。痛みではなく、ぬるりとした暖かく柔らかい舌で愛撫をされたのだ。
「………お願い。やめて」
これは、公衆の面前で口付けされるよりも、もっともっと恥ずかしいことだ。
身体を捩り、足を閉じようとしても、バルドゥールは決して離してはくれない。
「唇への口付けを拒んだのだから、文句は言わせない」
荒々しい口調で感情を剥き出しにしていないのに、ナイフを突きつけられているみたいだ。
バルドゥールは再び愛撫を始める。丁寧すぎるそれに、私はどれだけ唇を噛み締めても、声が漏れてしまう。
「……嫌、お願い。……やめて」
無理矢理引き出される感覚は、心を丸裸にされるような恥ずかしさと屈辱だった。気付けば、私は顔を覆って泣いていた。
「それ程までに、嫌なのか?」
刺激が止み、足の拘束が解かれたと思ったら、そんな質問が降ってきた。
「……怖い……それ、怖いの」
虚勢を張ることもできない弱々しい、でも心からの本音が口からこぼれる。
バルドゥールにそうされるのも、もちろん嫌だ。でもそれよりも、この感覚の先に強引に連れていかれることの方の怖かった。
身体を丸め、子供のように泣きじゃくる私に、バルドゥールはこれ以上、刺激を与えることはしなかった。
けれど、彼は私から離れる気配はない。どうしてもバルドゥールは、私を抱かなければ気が済まないらしい。
言葉なく行為が始まって、辛く苦しいだけの時間を絶えないといけないと思った。でも私は、自分の身体の奥が、なにか疼いていることに気づいてしまった。
その疼きが何か……一瞬よぎった答えにぞっとした。
私はこんなふうに彼に抱かれているのに、身体が快感を覚えようとしているのだ。そんな自分に吐き気がした。今すぐ自分を縊り殺したくなった。