柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 さっさと終わらせたい。とはいえ、奴の望みを素直に叶えてやる気も起きない。
 だから、奴が明日名に関心を向けたことは、ある意味では僥倖だった。

『玉子料理がお好きみたいですから、今日はオムレツにしてみました』

 耳慣れない西洋の献立を口にして、君は楽しそうに笑う。
 思わず目を瞠った。どうして知っている。そんな詳細まで伝えた覚えはない。
 面食らってなにも言えず視線を泳がせていると、『ひょっとして逆でした? 苦手?』と不安そうに小首を傾げながら、君は困った顔をして――そうではない。そうではないが、咄嗟にそう答えられるわけでもない。

 なんだ、これ。
 不快、違和……違う。もしかしたら、擽ったいのかもしれない。僕は。

 明日名は僕を〝住職さま〟と恭しく呼ぶ。だが、彼女は僕をひとりの人間として見ている。跡継ぎも当主も祭祀者も関係ない、ただの僕を。
 そこには、余計なしがらみも薄気味悪い打算も、なにも宿っていない。
 純粋に僕を心配したり、気を配ったり、そのために怒ったり……そうと認識するたび、胸が温かななにかで満たされていく。それでいて、ほぼ同時にじくじくした痛みが同じ場所を駆け抜け、息苦しくもなる。

 明日名が作る食事は、僕が百年以上重ねてきた、単に腹を埋めるだけの素っ気ない食事とは違う。
 まともに栄養を取ったとして、どうせ翌日にはすべてが白紙に戻る。新しい明日が永遠にやってこないこの場所で、健康も栄養も、そんなことは気にするだけ無駄なのだ。それなのに、事情を露ほども知らない明日名は。
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