柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
*
頃合いを見て早々に名を書き記してしまおう。互いに余計な情が湧いてからでは厄介だ。
そう思っていた。住み込みの承諾を得た直後に名を尋ねたのは、そういう理由だ。どんな字を書くのかも知りたかったから、紙を渡して名を記してもらった。
川島明日名。本当に皮肉な名だ。
気を抜くと、途端に憐れみを滲ませてしまいそうになる。だが、隙を見せて逃げられては堪らない。無論、僕としては逃げられようと逃げられまいと構いやしない。そうなったとき、とやかく構うのは僕ではなく奴だ。
あと少し。もう少し後でもいい。日を追うごとにそんな気持ちが強まっていく。
急ぐ必要はひとつもない。そもそも、今日この日に辿り着くまで百年以上もの歳月が経過している。今になって一日や二日の差異が生じたところで、その程度、差異のうちにも入らない。
僕にそう思わせたきっかけは、決して難しいことではなかった。
『きちんと食べないと、身体を壊しますよ』
『あんな高いところで読書だなんて、落ちちゃったらどうするつもりなんですか!』
……なんで?
そんなの関係なくないか、君に。
家事全般を任せるとは言った。君のような人をこんな場所に縛りつけておく条件なんて、他に思いつかなかったからだ。
嫌なら帰ってもらっても構わなかった。奴は怒り狂っただろうが、それさえ僕には関係ない。ある程度はふりをして付き合ってやっているが、奴のために手を尽くす気なんて毛頭ない。
なにせ、この子の名を絵馬に書いてやっても良いと思ったことすら気紛れだ。〝藍がほしい〟という奴の真の願いをねじ曲げてやるには最良の方法だと、確かに思いはしたが。
それに、僕自身、そろそろ解放されたい気もしていた。
身体にこそ疲労は溜まらないが、心には積もる。百二十年にわたって蓄積したそれのせいで、復讐もなにもかも、どうでも良くなってしまいそうになる日が増えていた。
頃合いを見て早々に名を書き記してしまおう。互いに余計な情が湧いてからでは厄介だ。
そう思っていた。住み込みの承諾を得た直後に名を尋ねたのは、そういう理由だ。どんな字を書くのかも知りたかったから、紙を渡して名を記してもらった。
川島明日名。本当に皮肉な名だ。
気を抜くと、途端に憐れみを滲ませてしまいそうになる。だが、隙を見せて逃げられては堪らない。無論、僕としては逃げられようと逃げられまいと構いやしない。そうなったとき、とやかく構うのは僕ではなく奴だ。
あと少し。もう少し後でもいい。日を追うごとにそんな気持ちが強まっていく。
急ぐ必要はひとつもない。そもそも、今日この日に辿り着くまで百年以上もの歳月が経過している。今になって一日や二日の差異が生じたところで、その程度、差異のうちにも入らない。
僕にそう思わせたきっかけは、決して難しいことではなかった。
『きちんと食べないと、身体を壊しますよ』
『あんな高いところで読書だなんて、落ちちゃったらどうするつもりなんですか!』
……なんで?
そんなの関係なくないか、君に。
家事全般を任せるとは言った。君のような人をこんな場所に縛りつけておく条件なんて、他に思いつかなかったからだ。
嫌なら帰ってもらっても構わなかった。奴は怒り狂っただろうが、それさえ僕には関係ない。ある程度はふりをして付き合ってやっているが、奴のために手を尽くす気なんて毛頭ない。
なにせ、この子の名を絵馬に書いてやっても良いと思ったことすら気紛れだ。〝藍がほしい〟という奴の真の願いをねじ曲げてやるには最良の方法だと、確かに思いはしたが。
それに、僕自身、そろそろ解放されたい気もしていた。
身体にこそ疲労は溜まらないが、心には積もる。百二十年にわたって蓄積したそれのせいで、復讐もなにもかも、どうでも良くなってしまいそうになる日が増えていた。