柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―

《二》咎と眩暈

 君に特別な関心を寄せたくなかった。
 どうせ殺してしまう相手だ。だから僕は書庫に引きこもり続けた。元々、あそこで時間を潰す日が大半ではあったが。

 そんなことばかりしていたから、君のそれに気づくまで、無駄に時間がかかった。

 朝日が昇る頃にはすべてが元に戻る。一日のなにもかもがなかったことになる。
 だが、それは僕のみが知る真実であり、巻き込まれた明日名はなにも知らない。なにも知らず、彼女は一日に二、三食分の食事を作り、後片づけをし、本堂や部屋の掃除をして過ごしている。
 そうした姿を横目に、書庫に引きこもっては時間を潰すだけ。いくらなんでも怠惰が過ぎるのでは、と僕が不安を覚え始めたのは、明日名がこの地を訪れて一週間ほど経った頃だった。

 自分は、人を(おもんぱか)ることから懸け離れた月日を、あまりに長く過ごしすぎたのでは。
 普段通り、梯子の上段に足をかけながら本を手にしたとき、ふとそう思った。先日、梯子の上で本を読むなと悲鳴じみた声で忠告――いや、注意されたことを思い出したからかもしれない。
 そのまま読書に興じるつもりだったが、躊躇の後、僕は梯子を下りて書庫を出た。なにか手伝えないか、と今頃になって初めてそんな言葉を口にした僕を、君は驚いた顔で振り返った。

 おそらくは、人目を気にしなくて良い状況だったから大きくまくられた袖。その内側に覗いた、普通とは明らかに異なる肌の色に、すぐさま目を奪われた。

 なんだ、その傷。服を着ていると隠れる位置……まさか他にもあるのか。
 今々転んでできたとか、そういう怪我には見えなかった。痣の色が深すぎる。

 そもそも、この場所では怪我をしない。したところで翌日には元通りで、生々しい外見のみならず、感じる痛みすら白紙となる。
 けれど、明日名の腕の怪我は、昨日今日でできたものとは思えないほど黒く濁っていた。
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