王太子様は甘い言葉が囁けない!
第4話「恋のライバル……ですか?」
――指南を始めて一週間。
「殿下の数々の敗因は、圧倒的な言葉足らずです!」
宮殿の庭園に、リリアの声が響く。
アルベールは首を傾げた。
「……言葉足らず」
「はい!」
リリアはびしっと指を立てる。
「ですから今日の指南は外で行います!」
「外?」
「庭園で目に入ったものの感想を、私に言葉で伝えてください。思ったことや感じたことを言葉にする練習です!」
「……」
「返事は?」
「……わかった」
こうして二人は庭園を歩き始めた。
春の花々が咲き誇り、小鳥のさえずりが聞こえる。
「わぁ!」
リリアがしゃがみ込む。
「殿下、見てください! この花、小さくて可愛いですよ!」
アルベールは花を見る。
「あぁ」
ピーーーッ!!
甲高い笛の音が庭園に響いた。
アルベールがびくりと肩を震わせる。
「今日は『あぁ』だけのお返事は禁止です!」
リリアは真剣な顔で笛を構えていた。
「……え」
「分かりましたか?」
「あぁ……」
ピーーーッ!!
再び びくっとするアルベール。
「殿下?」
リリアがにっこり笑う。
アルベールは一瞬考え、
「……承知した」
「はい! よくできました!」
リリアは満足そうに頷く。
「では散歩の続きを始めましょう!」
歩き出してすぐ、リリアは空を見上げた。
「今日はいい天気で、お散歩日和ですね!」
「あぁ」
すっと笛が構えられる。
「…………そうだな。良い天気だ」
「はい、その調子です!」
少しだけ誇らしそうなアルベール。
その姿にリリアも思わず笑みをこぼした。
(ちゃんと成長してる!)
嬉しくなったリリアは、ついアルベールばかり見ながら歩いてしまう。
「あっ!」
花壇の縁に足を引っ掛けた。
身体がぐらりと傾く。
(転ぶ――!)
その瞬間。
ふわり、と腕を支えられた。
「危ない。」
気付けば、見知らぬ青年がリリアを抱き留めていた。
燃えるような赤い髪。
人懐っこい笑み。
整った顔立ちはアルベールとは違う華やかさがある。
「あ、すみません!」
慌てて身体を離すリリア。
青年は爽やかに笑った。
「いえいえ。君みたいな可憐なお嬢様に怪我なんてさせるわけにはいきませんから」
「……ありがとうございます」
(誰だろう?)
その時。
「リリア、大丈夫か?」
アルベールがすぐそばまで駆け寄ってきた。
「リリアちゃんって言うの?」
青年は楽しそうに笑う。
「名前まで可憐なんだね」
「あの……あなたは?」
青年は胸に手を当て、大げさなくらい優雅に礼をした。
「俺はシグルド・エイル・ヴァルハラ。」
にっと笑う。
「アルベール殿下の親友ってところかな?」
「シグルド。」
アルベールが静かに口を開く。
「悪いが、今は指南中なんだ。用があるなら後にしてくれ」
「冷たいなぁ」
シグルドは肩をすくめる。
「せっかく『妃候補に逃げられないよう秘密の特訓を始めた』って噂を聞いて、応援しに来てあげたのに」
「必要ない」
即答だった。
「あ!」
シグルドがにやりと笑う。
「もしかして、可愛いリリアちゃんとの二人の時間を邪魔されたくないとか?」
「……」
アルベールは黙った。
(どうして黙るの!?)
リリアは心の中で頭を抱える。
(そこで否定しないと、本当にそうみたいじゃないですか!)
何とも言えない沈黙が流れる。
耐えきれなくなったリリアは慌てて口を開いた。
「あ、あの、殿下!」
「?」
「シグルド様もご一緒にお散歩していただくのはどうでしょう?」
「なぜだ?」
「同じ場面でも、人によって返し方は違います。」
リリアはシグルドを見る。
「殿下がいろいろな話し方を知ることは、きっと勉強になります」
アルベールは少し考え、
「……なるほど」
小さく頷いた。
「分かった」
「やった!」
シグルドは嬉しそうに両手を上げる。
「それじゃ、俺もリリアちゃんとの散歩を楽しませてもらおうかな!」
「あ、申し遅れました」
リリアは改めて一礼した。
「私、殿下の恋愛指南を担当しております。リリア・アシュフォードと申します」
「うん!」
シグルドは屈託なく笑う。
「よろしくね、リリアちゃん!」
(軽いなぁ……)
アルベールとは正反対だ。
そう思いながらも、リリアは微笑み返す。
「はい。よろしくお願いいたします」
シグルドは自然にリリアの隣へ並び、楽しそうに話しかけ始めた。
「リリアちゃんって図書館で働いてるんだよね?」
「はい。本が大好きなので」
「へぇ! 俺、本を読むと三ページで眠くなるんだけど、面白い本ってある?」
「でしたら冒険譚などはいかがでしょう?」
「おすすめして!」
二人の笑い声が庭園に響く。
その少し後ろを歩くアルベールは、無言だった。
「殿下?」
振り返ったリリアが声を掛ける。
アルベールは二人の後ろ姿を見つめたまま、小さく答えた。
「……いや」
その声は、いつもより少しだけ低い。
「どうかなさいましたか?」
「……別に」
そう答える表情はいつも通りの無表情。
けれど、その足取りだけはほんの少しだけ重かった。
(……なんだろう?)
リリアは首を傾げる。
一方シグルドは、その様子を横目で見て口元を緩めた。
(へぇ……)
(アルベール、お前。)
(それ、自分でもまだ気付いてないんだな。)
春風が三人の間を吹き抜ける。
賑やかな恋愛指南は、思わぬ見学者を迎えて、新しい一歩を踏み出したのだった。